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長崎を舞台にした演劇「マリアの首」を観た遠い記憶

私が初めて観た劇は俳優座の「マリアの首」(原作:田中千禾夫)であった。
まだ子供だったと思う。
当時、六本木で小さな印刷屋を営んでいた父が、
「観に行こう」と連れて行ってくれた。
私は「マリアの首」について、何の予備知識もなかった。
ただ、家族で出かけるという特別なイベントで、
俳優座という建物に入ることができるという高揚感があるだけだった。
当時、私はよく父の製本を手伝いに行っていたから、その帰りに家族で演劇を観に行くのはご褒美みたいで、六本木の坂を上る足取りは軽かった。

でも、芝居が始まると、その暗さに唖然とした。なんだかよくわからないことが多く、一生懸命観ていたのに、どこまで理解できたか全く自信がない。舞台の上では長崎の原爆で破壊された浦上天主堂をめぐるやり取りが続くのだが、圧倒されるばかりで、消化しきれなかった。
帰り道に母が「ちょっと難しすぎたわね」とつぶやいたのを覚えている。

それでも、8月9日が来るたびに「マリアの首」を思い出す。
父はなぜ「マリアの首」に家族を誘ったのか。

私が19歳の時に、父は早逝したので、その時の意図を聞くことはできない。思えば、家族で演劇を見たのは、最初で最後だった。
それが「マリアの首」だったことは、その後の私の思考に大きな影響を与えているのかもしれないと、今になって思う。

長崎の原爆投下から75年。
「マリアの首」を原作とした映画が製作されると、このNOTEを書いているときに検索で知った。
それぞれの心に、長崎が刻まれている。

*写真はインド国アンダマン島で仕事をした時に撮影したものです。アンダマン島は日本軍が占領した最西部の島です。75年前、この地で起こったことも、忘れないようにしたいです。
*小説、絶賛発売中です。


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