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Auditionblueの思い出

5月1日で休刊を発表したAuditionblueのことを、Twitterで思い出したりしてたので、こっちにも少し。

Auditionblueが始まるときは、前々から面識のあった丸山ゴンザレスさんから声をかけていただき、まったく男性雑誌は初めてという方たちと、男性俳優の仕事をしてきたライターさんたちと、いろいろ模索しながらスタートしたという感じだったと思います。

初号で関わったのは、中村倫也さんのインタビュー構成(聞き手は丸山さん)と、田中俊介さんのインタビュー。実はその日、田中さんとは、新宿武蔵野館で『名もなき野良犬の輪舞』のトークショーがあり、私が聞き手をしていたので、そのまま、Auditionblueの取材をして、映画館でトークして、それが終わったら夜の歌舞伎町で撮影という一日でした。トークのときの私服も、映画の雰囲気にあわせていておしゃれで、映画の話をたくさん聞きました。武蔵野館の控室には、そこで登壇をした人のサインがあるのですが、田中さんもサインをしていました。

Auditionblueはリニューアルしたばかりで、どんな雰囲気になるのか私はまだ知らなかったので、この田中さんの夜の歌舞伎町の撮影が、ここまでかっこよくて、みたことのある男性グラビア雑誌のそれとは違い、物語のあるものになっていることに、すごくワクワクしました。一年と少し後に、同じ場所、同じカメラマンさんと、田中さんと、夜明けの歌舞伎町で撮影したのもよい思い出です。

正直、ほかの雑誌は、映画やドラマの宣伝さんの仕切りで30分くらいインタビューして、30分の撮影、というようなスケジュールが多いので、雑誌一媒体で、たっぷり時間を取って、コンセプトや衣装なんかも一から決めて撮影をするという経験はほとんどありませんでした。

多分、Auditionblueの写真は、すごくかっこいいものが多いと感じられている人も多いと思いますが、あれは、かなり時間をもらっていて、衣装も2パターンなりを着替える時間も撮っているし、外にロケなどもしているからだったんです。

二号目以降は、毎月、BOYS AND MENのグラビアをやっていました。毎月、同じような雰囲気ではつまらないからと、編集さんも私も、ロケ場所や、衣装の雰囲気など、いろんなアイデアを出していました。私も楽しくなってきて、Pintarestで、かっこいいシチュエーションの写真はストックしておき、この人には、こんな衣装やシチュエーションがいいのではということを、ぱっとこたえられるようにしていました。

被写体のそれぞれの好みなども考えてアイデア出しをしていたので、特に吉原雅斗さんの、K-POPっぽいスタイルの衣装や新大久保の町がバチっとハマったときなんかは、すごく沸いたし(笑)、すごく着こなしの難しい服もさらっと着こなせるし、被写体としても撮られるってことが楽しそう打なと思いました。個人的にももっとかっこいいグラビアやモデル仕事、やってほしいと思いました。

水野さんの、六本木から麻布にかけての高速の高架下で、ジャケットを背中にひっかけ、ワイルドにたたずむ、ワルな感じの写真が撮影できたときも、おおーってなりました。インタビューでも、自分のスタイルを模索していた感じで、そういうワイルドな感じを求めているということだったので、いい一面を見せることに実現したのかなとこちらもうれしく思いました。あと思ったんだけど、吉原さんとか、水野さんとか、自分のやりたいイメージにピタっとハマったときは、わりとブログとかでも積極的に宣伝してくれる感じがしましたね。やっぱりそういうものですよね。

こうやって書いてくと、全員分かかないとって気がしてきたので全員書くと、小林豊さんは、雨のお台場で、ちょっとメランコリックな感じでの撮影がすごく似合っていたし、本田剛文さんは、代々木公演で自然の中で撮影し、その後は室内で、明るい陽射しの中、まどろんでるような撮影で、特に袖が長めのセーターや眼鏡が印象的でした。

平松賢人さんは、明るい感じのレストランの軒先と、公園で撮影。自身のカメラを持っての撮影でした。最後にバス停でたたずんでいるショットがあったんですが、そこの写真が、普段とは違う表情が出ていてお気に入りでした。土田拓海さんは、ビルの上にあるハウスタジオで、小雨が降る中で、アンニュイな感じの表情もあり、これぞ男性アイドル誌のグラビアって感じのものが撮れていたと思います。

秋には、編集部とカメラマン、スタイリストと私が新幹線で大移動し、名古屋で全員の表紙撮影もありました。私はこの撮影では、とにかく全員が歩いているところを横から撮ってください!とお願いしました。イメージとしては、『レザボアドッグス』もしくは韓国映画の『アシュラ』。衣装も、全員が同じ色合いとか、何か関連づいてはいるけれど、でも全員が違う雰囲気のスタイルでというリクエストを出しました。結果、名古屋の高速道路の今は使われていないジャンクションみたいなところで撮った写真は最高にエモかったと思います。

ここから、残すは三人。田村侑久さんは、ボイメンの名古屋ドーム公演の二日後か三日後の撮影で、前々から遊園地で撮影がしたいというリクエストに応えて東京ドームシティでの撮影になりました。老若男女かかわらず、遊園地のお兄さんお姉さん、お客さんにまで、気さくに話しかけまくるスーパー人懐っこい田村さんの姿が忘れられません。

バレンタインデーに多摩川の河川敷で撮影したのは勇翔さん。やっぱり、冬の河川敷ってなんかかっこいいなと思っていたので、こちらがリクエストしました。しかも、自然の中にいるのに、攻め攻めの服がいいなと考えていました。金髪だったこともあり、めちゃめちゃ雰囲気があり、スタイリストさん(男性)も、初めて会ったわけではないのに、「こんなかっこいい人ボイメンにいたっけ?」とつぶやいていたくらいです。室内での撮影も、赤い照明があやしく、めちゃめちゃセクシーな写真ができあがりましたが、最初はちょっと照れつつも、すっとその雰囲気に入り込んでいく姿を見て、俳優さんだなーと思いました。

最後は辻本達規さん。これまでスーツの人がいなかったので、最後は歌舞伎町のホテルのスイートで決め決めにしてもらいました。普段が明るく元気な人なので、なかなか恥ずかしさが消えなくて、ホテルでの撮影はまだ堅いところがあったのですが、なにもないスタジオ、通称・白ホリで、カメラマンの荒木勇人さんと向き合い、暗がりで二人の世界に入ってからは、ほんとに無になり覚醒していく姿を遠目にはっきり観たという感じがしました。たぶん、気恥ずかしかったのか、撮影が終わったあとは、余計に素朴な感じにしていたのではないかと思いました(笑)。その後、このときの辻本さんの写真をみた小林さんが、ネクタイを締めながら眉をひそめている大人な写真を見て、「こんな表情で俳優活動したらいいやん!」と褒めていて、それが照れ臭いのか「40歳になったら本気出す」と返していたのが忘れられません。

しかし、11か月やってきたことがこれで終わるかと思うと、けっこう燃え尽きた感じがしたのも事実で、最後のほうに、グラビアの圧?オーラに拍車がかかっていたのも、これで終わるという気持ちがあったからかもしれません。

その後、ボイメンの取材は全員で学ランを着ての新曲のプロモーション取材とか、サウナでの企画の取材とかはありました。でも、やっぱり、今になるとリニューアル1号から毎月、いろいろ考えてグラビア撮影をした日々が懐かしく思い返されます。思えば、もう皆さんには半年以上も取材しておらず、2015年くらいからけっこう間をあけずに取材していたので(コロナ禍の状況ももちろんあります)少し寂しい気分ですが、なにかしらでまた気合の入った撮影やインタビューができたらいいなと思っています。

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