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都合の悪い事実を明かす

 一般の会話において、親密度を深めるステップの1つに自己開示があります。自分のウィークポイントや過去の失敗、現在抱えている悩みなどを打ち明けることで、親しさの度合いが高まります。
 この自己開示は自分の側からしなければ、ほとんどの場合、始まりません。セールスやプレゼンの場においては、なおさらです。

 売り込んでいる商品のよい点だけを伝えた場合と、マイナスの点をきちんと伝えた場合とでは、相手の反応はまったく違います。
 神奈川県に本社を置くスーパーマーケットのオーケーには、自店にとって都合の悪い情報も正直に伝える「オネストカード」というPOP制度があります。
 フルーツに「今はまだ旬のおいしさではありません」と書かれていたり、ある商品には「○月○日より販売価格を値下げします。お急ぎでなければご購入をお待ちください。」というPOPが設置されているのです。

 同社の社長は「自分が買物をするとき、家族にならそっと教えるような情報をお客さまにもお伝えしようというポリシーでやっています」と述べています。
 個別に見れば売り上げを逃すこともあるかもしれません。しかし、全体としてはお客さまとの間に強固な信頼関係を作ることに成功しているのです。
 日本には昔から、「損して得とれ」という考え方があり、「正直者が損をするのはおかしい」と考える傾向もあります。同社の顧客満足度が常に高いのもうなずけます。


親しい友人にならなんて言う?

 商談においてマイナスポイントをしっかり伝えたほうが信頼度が高まり、成約へと至る確率が高まるという調査データもあります。こうした傾向は、相手が思慮深いとき、また学歴が高いほど強まります。
 あえて課題点や不利な要素を伝えると、情報全体のバランスにリアリティができて納得がいき、そして信頼関係の構築にもつながるのです。

 伝える内容は、特別なことでなくてかまいません。自身の家族や友人になら当然、伝えるような内容を言えばいいのです。
 たとえば、駅弁の販売店でどちらを買おうか迷っているお客さまに、店員さんがさらりと次のように伝える。

〈例〉そちらのはあまりおいしくないんです。
〈例〉こちらの商品はぜんぜん人気がなくて困っているんです

「実はこの商品、おいしくないんで、買ってもらえたらうれしいんですが、おすすめしません」というわけです。

 こういう意見は、親しい知り合いになら当たり前に言うことです。そして、食味や商品のお役立ち度は人によって異なるものですから、相手も鵜呑みにするとも限りません。
 しかし、お客さまの立場で耳にすると、なんだか特別なことを打ち明けられた気がします。おすすめの商品も、そうでない商品もちゃんと教えてくれる店員さんは信用できると受けとめ、(次もこの店舗で買おう)と考えてくれるのです。


ネガティブ情報は進んで開示する

 不祥事を起こした企業の情報開示においても事情は似ています。
 不都合な真実が隠蔽されていて徐々に判明していくと、その企業のイメージは最悪を目指して下がっていきます。ところが、最初にすべての真実をさらけ出し、「そこまでしなくてもいいいのでは」というくらい厳しい処置を自社で断行すると、社会の評価は逆に上がることすらあります。

 カップやきそばに昆虫が混入していたとして問題になったメーカーの例では、当初こそ混乱しましたが、生産と販売の一斉停止、再発防止のためのパッケージ形状変更や監視カメラの導入など徹底した対策をとるとともに、これらを詳細に広報。こうした対応と姿勢により、再発売時にはむしろ好意的に受け止められました。

 不利な情報もあえて明かす手法は、プレゼンの席上で予想されるQ&Aを考えておくときにも応用ができます。
 プレゼンを受けたその場で相手から出される質問、疑問にはたいしてバリエーションがありません。相手は専門家ではありませんし、あれこれ深く検討するには時間が足りないからです。
 ですから、予想質問と回答を考えておくのは、それほど難しいことではありません。あらかじめ用意していた答えがスムーズで説得力があれば、心象に大きく影響を与え、採用に傾きます。
 仮に予想していた質問が出ないのなら、同席している上司や同僚に突っ込んでもらって答えるという寸劇(?)を見せるのもいいでしょう。

 それでも、完全無欠の企画というものもなかなかありません。どうしても払拭できないネガティブがあるなら、プレゼンの席上で進んで認めてしまうのも1つのやり方です。
 上司にあえて切り出してもらい、「実はここだけが障害なのです」と認めておくのです。障害があることは、実施へと進む段階でいつかは露見するものです。そのときになってから深刻な顔をしたのでは、無策や不誠実を疑われても仕方がありません。
 早い段階からネックを明かしておくことで信頼にもつながり、乗り越えるための打ち手や知恵も誰かが出してくれるかもしれないのです。