見出し画像

誰にとってもためになるハウツー本はない

私はハウツー本や自己啓発本に苦手意識がある。本屋に行くと、○○法則や○○術という名詞で終わる本の類を買わないように気をつけるほどである。

ハウツー本が好きではないのは、誰もが上手くいく方法のように書かれている本が多いからだと思う。先日、母が買ってきてくれた就職面接対策本もこの手の書き方がされているのではないかと思い、読む気になれない。

そんな私が高校生になって初めて買った本は、外山滋比古著作の「思考の整理学」という本だ。「なぜ東大生・京大生はこの本を読むのか?」というコピーにまんまと引っ掛かり、つい買ってしまったのだ。

目次を読み始めたとき、私はあることに気づいてしまった。そのあることとは、この本がハウツー本であるということだ。

東大生たちはおそらくこの本の内容を知識として蓄えるだけでなく、この本から知識を蓄えるための良質な手段を学び、活用することを行っていたのだろう。

だが、私が高校生のときに思ったことはというと、「ヤバい、ムズイ」ということだけだった。今考えると、決してすべてが難解ではなかったのだが、当時の私にとってはレベルが高い内容だった。そんなわけで、その頃の私にとってこの本から学ぶ、活用するなどということは全く無縁だった。

ハウツー本は誰のためにでもなる本ではない。高校生だった私にとっては、大学に入るためのセンター試験を乗り切るための暗記術のようなタイトルの本の方がためになるものだった。

だが、大学4年生の今、卒論に取り組んでいる中で、思考を整理することは重要だと感じることが多い。「思考の整理学」はこれからの私に力を貸してくれる可能性を大いに秘めている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?