【読書】毒の濃度調整が絶妙~『いい子のあくび』
こんばんは。読書が趣味のmiiです。
今回は、先日読んだ高瀬隼子さんの『いい子のあくび』の感想を書きます。
あらすじ
外面と内面のギャップ
タイトルの「いい子」は主人公のことです。主人公はいつも会社にも友達にも彼氏にも、外面ではとても「いい子」としてやっています。
が、その外面と内面とのギャップがすごいです。
主人公の一人称で話が進んでいきますが、基本ずっと内言が、ちくちく、毒毒しています。
・彼氏の大地くんが、亡くなった生き物を土に埋めに行く場面
・会社の無神経な先輩の桐谷さんと、朝会社の前で会い、主人公が清掃員に挨拶をした後の場面
・会社の事務の新入社員二人の代わりに主人公がコーヒーを買い足した後の場面
こんな風に、ずーっと外面の言動はいい子だけど、内面では他の人の無神経さへの批判だったり、愚痴だったりが続きます。
その内言を読んで、読者である私は、「いやー、言い過ぎじゃない?そこまで言わんでも」と結構な頻度で思いました。そう、つまりは、わたしも少しはその内言に同意しているということです(笑)
ちょっとはそう言えるけど。言いたくなる気持ち分かるけど。そんな風に私も持ってる心の中の批判や愚痴を、ちょうどよい濃度の毒々しさで書いてくれています。わたしの心の中にあるよりもちょっと濃いめで。
わたしの心の中にある内言よりも濃いめで書いてくれてるから、それに対して「まあまあ、そんな毒毒しなさんな」とつっこみながら読めます。
それから、
この主人公は毒々しい内言とは対照的に、外面の言動はやりすぎなくらい「いい子」。わたしの外面よりも、この主人公の外面の方がちょっとだけ「いい子」です。そこにも、「そんな、いい子いい子しなくてもいいんじゃないの?」とつっこみながら読めます。つまりは、普段わたしがしている「いい子」の言動に対して、わたしがつっこんでいる形になっているのが面白いです。
そんな毒の調節具合が絶妙なところが、私がこの本の好きなところです。
歩きスマホだけでこんだけ書けるのすごい
この本の冒頭、一番はじめ、
歩きスマホに対して、主人公が「ぶつかったる」と思ってあれこれ言動するところから始まります。途中でいろんな登場人物とのやりとりがありますが、メインの話の筋は、歩きスマホに対して主人公がどのような言動をとるか、その言動と心情の移り変わりです。ただ歩きスマホを良い悪いという問題ではなくて、それに対する主人公の言動とその動機には、主人公が日常に抱える「割に合わなさ」がかかわっているという所に、なるほどと思いました。
歩きスマホと主人公、歩きスマホと体格のいい彼氏、歩きスマホとタイプの違う二人の友だち
そんないろいろなパターンの歩きスマホとの関わり方が書いてあるのも面白いし、物語が進むにつれて主人公の言動が変わっていくのが面白い。主人公が淡々と毒々しい内言を言い続けて終わる話なんかと思いきや、最後あんな風に展開していくとは思いもしませんでした。
このお話を読んで、よく歩きスマホという身近過ぎる小さなテーマでこれだけの話が書けるもんだなと感動しました。(感動ポイントちょっとずれてるかもしれんけど。)
この作家さんは、前回は『おいしいごはんがたべられますように』という本で、「食」に見られるいろんな人の言動と心情を書いてたけれど、今回は歩きスマホ。身近なテーマの中に潜む様々な心理を細かく丁寧に書くのがとても上手いです。また次回作も楽しみにしています。
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