UXリサーチで大事なことはマリノフスキが教えてくれた
文化人類学の授業で必ずといっていいほど扱われる古典・マリノフスキ『西太平洋の遠洋航海者』。トロブリアンド諸島の島々をわたって、貝の首飾りと腕輪をぐるぐると交易していく「クラ」についての民族誌です。
私自身、学部から大学院まで文化人類学を学んできましたが、古典にはどうしても苦手意識があります…!しかし、UXリサーチャーとして実務経験を積んだ今、改めてマリノフスキを読み直すとUXリサーチにも通ずる大切な学びが数多くありました。そこで、私のような実務家の方も文化人類学に関心を持ち、古典を手に取るきっかけになればと思い、マリノフスキの言葉を引用して紹介します。
マリノフスキとは?
文化人類学といえば、長期間にわたる海外でのフィールドワークのイメージが強いのではないでしょうか?その「参与観察」という調査方法を確立した研究者です。調査対象の社会や集団に自ら加わり、長期間生活をともにしながらフィールドワークを行い、今回紹介する『西太平洋の遠洋航海者』を書き上げました。
実はそれ以前の文化人類学ではフィールドワークを行わず、自国にとどまって文献調査や現地からの報告書をもとに研究するスタイルが主流であり、「アームチェア(肘掛け椅子)の人類学者」とも揶揄されていたそうです。そのような時代背景の中、マリノフスキのように自ら一次情報を取りに行くアプローチは革新的だったことでしょう。
(余談ですが、忙しさや面倒くささを理由に現場を見ない「アームチェアの実務家」も数多くいますよね…。もちろん、コロナで難しくなってしまった影響も大きいのですが)
『西太平洋の遠洋航海者』より
今回は、序論の内容だけを紹介します。序論では「この研究の主題・方法・範囲」というサブタイトルがついているとおり、マリノフスキが自身の方法論を丁寧に説明しています。30ページ程度のパートなので、手始めに読みやすいはずです(引用ページ数は上で紹介した文庫版に準じます)。
人間をつかんでいるものを研究する
マリノフスキは「民族誌学者が見失ってはいけない最後の目標」として、こう述べています。
「彼の世界について彼の見方を理解すること」。この一文は私が学部の授業で出会い、文化人類学を専攻するきっかけとなった大好きな一文です。「人間をつかんでいるもの」という表現も素敵ですよね。UXリサーチの実務では手法や時間も限られていることが多いですが、表面上の綺麗事ではなく「人間らしいな」と思うエピソードを引き出せた瞬間、私は嬉しくなります。
「生活の呼吸」を捉える
マリノフスキがフィールドに入ってから初めのうち、言葉を覚えるまでは住民たちと会話がかわせずになかなか苦労したそうです。そこで、まずは具体的なデータをとにかく集めることにしたようですが、こういった一節が。
こういった状況は実務でもよくあるのではないでしょうか?特にデジタルサービスはあれもこれもとデータが取れてしまうからこそ、ついついわかったつもりになってしまいがちです。せっかくのデータが「死んだ材料」になってしまわないように、「生活の呼吸」を捉えられているか?は常に問うべきことかもしれません。
調査対象と本当のつきあいを目指す
マリノフスキは、フィールドワークにおいて「集落のまっただなかにキャンプを張ること」が大事だと主張しています。
これは自分自身あまりできていないな…と反省した一文です。調査対象者の方ともっと深く、継続的に関わるようなリサーチもやってみたいと思わされました。
ときにはノートをおいて、加わろう
これも大事なポイントですね。調査対象の生活に自ら「参与」するからこそ見えてくることがきっとあるし、それこそが参与観察というアプローチの面白いところだと思います。
あらゆる面にわたって調査しつくす
これはとても耳が痛かった箇所です…!ビジネスにおいては、時間的制約がために調査しつくせないことがほとんどではないでしょうか。「調査のために人工的に切り取った領域を研究している」ということを自覚し、限界を理解しながら、調査結果と謙虚に向き合うことが大事だと感じます。
近視眼に陥らない
これは上述の「あらゆる面にわたって調査しつくす」と関連して大事な点ですね。誰の言葉かはわからないのですが、授業で「人類学者はゴミ箱も漁る」という言葉を聞いたことがあります。目の前で起こっていることに対して、「これは有用な情報なのか?」なんてその時には判断つかないことも多いでしょう。近視眼に陥らずあらゆる面にわたって調査しつくす姿勢は大事にしたいですし、とはいえ実務においては取捨選択が必要な場面も多くバランスが難しいところです。
事実から理論を組み立てる
自分の仮説を補強するために、つい誘導質問をしてしまったり、都合の良いデータを歪めて利用したり…というのはよく見かける場面です。そうならないように理論や仮説は片隅に置きつつ、事実から理論を組み立てるように心がけたいものです。
理論と現場を行き来する
「論文を構成する仕事」というのは実務家の場合、リサーチ結果の分析やデザイン、案件のリリースなどと置き換えて考えると良いでしょう。これらの仕事と実地の観察とを交互にアジャイルに、かつスピード感をもって行うのは大事ですよね。特にデジタルサービスの場合、サービスリリース後もアップデートを継続していくことが多いものです。顧客のフィードバックから学びながら「交互に練り上げる」ことを大前提に、リサーチプロセスを考えることが大事だと感じます。
最後に
マリノフスキは序論の最後をこのように締めくくっています。
『西太平洋の遠洋航海者』はちょうど100年前に出版された本ですが、時代を超えて、遠く離れたトロブリアンド諸島の人々からみた世界を理解することで、自分自身の常識や感覚がゆらぐような感覚が生まれるはずです。きっとそれこそが「われわれ自身のうえに若干の照明があてられる」ことであり、文化人類学を学ぶ醍醐味なのではないでしょうか。
今回は序論のみ抜粋して紹介しましたが、本編の「クラ」についての記述も当時の現地の様子がありありと浮かぶほどとても丁寧に記述されていて、まるで小説のようにも楽しめる一冊です。それでいて、各所で述べられるマリノフスキの鋭い考察にはハッとさせられます。気になった方はぜひ読んでみてください。
また、文化人類学の古典に関心を持った方は、こちらの本がガイドになっておすすめです。
尚、この記事は UXリサーチ/デザインリサーチ Advent Calendar 2022 に参加しています。いろんな視点でUXリサーチやデザインリサーチについて書かれていて、どの記事も面白いのでぜひお楽しみください!
大学院で使う本を購入させていただきます!