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呪われた男の子に理不尽な災難が降りかかる話


勇気があって純粋な男の子はあともう少しで癒しの泉がある山の麓へ到着するところまで旅をしてきました。
いろんな人が旅を助けてくれました。

年若い女が船乗りの恋人の無事を祈ってロバに乗せてくれました。

年老いたロバは男の子の体重でよろめきました。

「僕を降ろしてください。ロバがつぶれてしまいます」

「大丈夫です。見かけよりもこの子は強いのです」

年若い女はよろめくロバから自分の荷物を下ろして背負いました。

「役立たずの僕のためにあなたの大事なロバをつぶすわけにはいきません」

男の子はなおも言い募ります。小枝のように細い年若い女が荷物を背負い、この自分がロバに乗っているなんて耐えられませんでした。

「巡礼さまには皆の祈りが詰まっています。役立たずだなんておっしゃらないでください。巡礼さまをお助けできて心が救われるんです。厳しい船旅をするあの人の役に立てる自分が嬉しいんです」

年若い女は笑いました。ロバはゆっくりながらもしっかりとしたあしどりで歩き出しました。

男の子は黙って白い札を握りしめました。


派手なマントを着た吟遊詩人は男の子を背負って川を渡ってくれました。

「せっかくの綺麗なマントが濡れますよ」

吟遊詩人は笑いました。「こんな世の中だと俺みたいなのは必要ねえ。早く世の中が落ち着く祈りのためにマントが濡れるくらいいいさ」

男の子は昔の自分だったら、この派手なマントの吟遊詩人をどう思っただろうか、と考えます。規則を破り、風聞で人々の心を騒がせる迷惑なものとして取り締まろうとしたかもしれないと思いました。

「あなたのような人も必要です。僕でさえ必要としてくれるんですから」

「どんな人も必要だよな! どんな草も薬草ってのと同じだ」

と吟遊詩人は言ったあと、雑草の唄を歌い始めました。

男の子は吟遊詩人に背負われ広くて浅い川を渡りながら、なぜだか涙を流しました。


最後になるであろう道連れは王都へ息子を訪ねに行くという老人です。老人は荷物やお土産や食料を載せた手押し車に無理矢理、男の子を乗せました。男の子は老人のお土産を膝に抱えながら、手押し車に納まりました。

「巡礼さま、人生とはわからないものですね」

老人はゆっくりと手押し車を押しながら言いました。

「そうですね」

男の子は答えます。本当に人生とはわからないものです。まさか自分が足腰もおぼつかなさそうな老人に山道を運ばれるようになるとは思いませんでした。もっとも弱い人の手を借りないと生きていけなくなるとは思いませんでした。

「わたしはこの年になって息子に赦されたんですよ」

「赦された? あなたが赦したんではなく?」

「わたしが赦されたんです。若い頃のわたしは自分勝手で妻と息子を捨てました。商売に成功し栄華を極めたこともありました。でも年老いたわたしの元には何も残りませんでした。そんなひどいわたしを息子は赦してくれたのです」

「どうして息子さんはあなたを赦せたんでしょうか?」

男の子の口からぽろっと言葉が漏れ出ました。「踏みこんだことを言いました。すみません」

老人はゆっくりと首を振りました。

「わかりません。息子はわたしより人間ができているのでしょうか。国が乱れて何か思うことがあったのでしょうか」

「そうですか」

「だからせめてわたしにできるご恩返しをさせてもらいたくて巡礼さまに乗っていただいたんです。さ、休憩してお茶を飲みましょう」


老人は大樹が陰を落とす切り通しの入り口に手押し車を停めました。これから先の道は両側が切り立った崖に挟まれています。

男の子が荷物を押しつぶさないように慎重に降りてる間に老人は手早くお茶の用意をします。ふくいくとしたお茶の香りが漂ってきます。

「ずいぶんいいお茶の香りだ。東方の国を思い出す・・・懐かしい」

男の子は国のリーダーだったころ訪れた東方の国の宮殿を思い出しました。細密画で飾られた建物と色鮮やかな花と親しみやすく抜け目のない人々。今、彼らはどうしているのでしょうか。

「巡礼さまはお茶に詳しいのですね。これでもわたしはお茶も商いの一つにしてまして」

男の子は微笑んで老人の用意した敷物に座りました。東方風の甘い豆の菓子を添えてお茶が差し出されます。

「こんな場所でこんなすばらしいお茶がいただけるとは思いませんでした」

男の子は辺りを見回します。木陰のむこうには切り通しの荒々しい岩肌が見え、遠くでは鳶が鳴いています。簡易な器を大事に抱え込むとお茶を一口すすりました。

「ああ、おいしい」

国のリーダーだった頃、こうして何かを味わったことがあったでしょうか? いろんな場所でいろんな人たちに豪華な料理や美酒でもてなされたものですが味を思い出せません。

「それは良かったです」

老人は心からうれしそうに笑いました。


切り通しを手押し車に乗ってゆくうちに空が見る見るうちに曇ってきました。

両脇は切り立った崖です。ここは古くからの街道ですが、早くここを通り抜けたいのか老人の足が速くなります。ぽつぽつ雨が降り始めました。

男の子は防水の布をかぶりじっとしています。旅の始まりのころは自分を降ろして置いていってくれと頼んだものでしたが、今はもうしません。その頼みは巡礼を助け功徳を積もうとする人を傷つけることだと知ったのです。


ふいに大きな音がして男の子は投げ出されました。ごろごろと転がり泥まみれになり痛みにうめきました。男の子は身を起こすと周りを確認します。

男の子は言葉を失いました。

崖から転がり落ちてきた岩が手押し車と老人を押しつぶしていました。ざあざあと降り注ぐ雨に打たれながら男の子は動けません。

どれくらい時間がたったでしょうか。男の子は這いずりながら岩に近づきます。渾身の力で岩を押しますが動きません。

「どうしてこんなことが起こるんだ。この人は人生を悔いて、赦しに感謝して、やり直そうとしていたのに」

もう一度岩を押します。

「この人じゃなく、僕を押しつぶせば良かったのに」

ふと若い女の言葉を思い出しました。「巡礼さまには皆の祈りが詰まっています。役立たずだなんておっしゃらないでください。巡礼さまをお助けできて心が救われるんです」

男の子は泣き出しました。子どものころよりも激しく泣きました。仲間と喧嘩したときより涙があふれました。国のリーダーを追われたときより心が張り裂けそうでした。

地面をたたき、心ゆくまで泣きわめいた後、男の子は顔を上げました。「僕はみんなの為に目的地にたどり着かなくてはいけない」

続く。

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