理不尽な災難に苦しめられる男の子の話
勇気があって純粋な男の子はあっけに取られ、それから慌てて立ち上がって女の子を追いかけました。ですが、森が女の子を隠したのかのように姿は見えません。女の子は走っていた訳でもないのに不思議なことです。
男の子は日が暮れるまで女の子を探しまわりました。うっそうとした森の中では月光も届かず足元もよく見えなくなったので男の子は肩を落として森を出ていきました。
森の入り口の村に着くと、男の子は途方に暮れました。
財布はすっからかんで、身につけているものが全財産です。これまで宿を借りるときには何がしかの働きで返してきました。が、腕が折れてしまった今ではそれも難しそうです。
「どうしよう」
男の子はつぶやきました。王宮を追われ、何者でもなくなり人生に挫折しました。一文無しになっても丈夫な体がありました。元気と若さがありました。今はそれもありません。女の子に飲ませてもらった薬草の効果が切れたのか身体中がシクシク痛み始め、足が萎えて立っていられません。
村の入り口に立つ木の根元へよろめきながら歩いていき、うずくまりました。顔や腕、脛が痛かゆくてたまりません。ですがそれ以上に眠くてたまらず男の子は地面に転がって眠りはじめました。
翌朝、男の子は女のさわぐ声で目を覚ましました。
「どうしましたか?」
話す男の子の声が変です。潰れた蛙のような声になっています。
「アンタ何してるの?」
男の子は風邪でも引いたのか困ったなと思いながら、身なりを正してエプロンの女に答えます。
「西の果てからこの東の果ての森の賢い人へ会いにきました。アドバイスをいただきにまいりました」
エプロンの女は男の子を無遠慮に上から下まで眺め、頷きました。
「業病持ちとは哀れだねえ。森の賢い人は近頃は滅多に会えないんだよ」
「業病持ち?」
男の子は首を傾げます。腕は折れてますし、蛙のような声で風邪ひきかもしれませんが業病は患ってません。
「業病さんのような森の賢い人に会いにきた人たちが泊まる小屋があるから、歩けそうなら着いてきな」
男の子の戸惑いも気にせず、エプロンの女はどんどん道を歩いていきます。よろめきながら男の子は立ち上がり女のあとを着いていきました、
そこそこに立派でそこそこに清潔な小屋でした。エプロンの女はドアを開けると手招きをしました。
「ここは森の賢い人に感謝した人たちの寄付で建てられたんだよ。業病さんみたいな人はここに泊まって会えるチャンスを待つんだ」
部屋の中に入り窓を次々に開け放しながらエプロンの女は説明します。
「水場はあそこ、寝具はそこの棚、シーツは必ず使っておくれ。食べ物は街の祈りの場へ行けばもらえることが多いよ」
男の子の腕の中に2枚清潔なシーツが放り込まれます。そこで男の子は初めて気が付きました。腕ができもので覆われています。
「なんだこれは!」
「シーツに虫でも着いてたかい?」
「いえ、僕の腕が大変なことになっている!」
エプロンの女はひょいと男の子の腕を覗き込みました。
「もしかして、森の賢い人の恩寵で目が見えるようになったのかい?」
「はあ?」
「業病さんは目もろくに見えなかったんだねえ。この村が恩寵の恵みに溢れているってのは本当なんだねえ。ありがたいことだ」
「いえいえ、目じゃなくて腕が大変なことになってるんです」
エプロンの女は気の毒そうに男の子を眺めます。
「業病さん、アンタ全身その状態なんだよ。だから遠くから森の賢い人に会いにきたんだろ?」
男の子は恩寵の小屋の入り口に腰掛け、呆然としていました。一晩明けたらば、一文無しで腕が折れているだけでなく、業病になっていました。全身が醜いできもので覆われ、声はしゃがれ、関節もきしんでうまく歩けません。
「いったいこれはどういうことなんだ」
男の子は風に問いかけますが、もちろん風は答えてくれません。
「運よく森の賢い人に会えたけど僕の問いには答えてはくれなかった。朝起きたらば業病にかかってる。今日も森の中へ探しに行こうと思ったのに足もうまく動かない」
男の子はうなだれます。つむじが2個あって寝癖がついた髪が風に揺れます。
太陽が空のてっぺんに昇る頃、男の子は顔を上げました。
「でも、僕は諦めない。対になる女の子を見つけるんだ。だから病を治さなくては」
続く。
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