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ソロモンの指輪が無くても

このお話には、捨てられたワンコの悲しかった過去が綴られています。
苦手な方は、ここでご遠慮ください。

2008年、私は上京して写真関係の会社に就職したものの
会社で毎日びっくりするくらいに上司にいびられて、くさくさしていたので
カメラを使ったボランティアを勝手にやっていた。

動物大好きの私は
保護団体に
「レスキューされた子たちのかわいい笑顔を撮って、新しい里親さんへ繋ぎたい」と、連絡を取り
飼育崩壊現場から命がレスキューされるたびに、撮影のため飛び回っていた。

その時の忘れられない思い出のお話。


ふう太は放浪しているところを、車で轢かれ、道端で放置されていた。
右顔面のクチビルの肉と、右の胸の肉がえぐれ、その傷跡は深い。
轢かれたまま、放置され、死に掛けのところを保護センターへ。
タイヤの痕が、ガッツリ体に残っていたそうだ。

まだふう太の不幸は続く。

保護センターとは言えど、適切な処理はしてくれないのが現実。
抗生剤だけ投与され、縫うこともなく、ただ回復だけを待った。
ふう太はもってかれた肉がえぐれ、アゴを骨折したまんま、奇跡的に回復した。
そして、「殺処分」が決定。飼い主、いたんだろうが、探しもしなかった。飼い主が名乗り出なければ悲しくも殺処分。
このコが何をしたと言うのだろう?
飼い主から持ち込まれたコは、なんと翌日に処分されるという。

ふう太はあさって処分、というところを保護団体が引き出した。
まだ保護の方のおうちに来て2週間というタイミングで撮影。

私が撮影のために部屋に入るととても怯えていた。

ふう太は今まで出会ったどの子よりも臆病だった。
カメラを向けるだけで尻尾を丸めて隠れてしまった。

どれだけ辛い目に合ってきたのか・・私の胸は震えた。

私はカメラを横に置き、彼のそばに座って窓の外を眺めた。
彼をこわがらせないために。
そして、彼にそっと話しかけ続けた。

「これから君は幸せになる。今までつらかったね、痛かったね。
人間はむごいね。本当にごめんね。でも、これからはもう、きみに酷いことをする人間はいないよ。もう安心だよ。」

そんなことを、ゆっくり話しかけ、緩やかな時間をふう太と過ごしていたら
やわらかい日差しが部屋に差し込んだ。
あたたかい陽光が床に落ちて、ふう太はそっと私を気にしながら、陽だまりの中に歩み出て
くるくる、すとん。と座った。

彼は穏やかな表情で太陽を受け入れ
目を細めて、生きている喜びを私に告げた。
私は泣きながらシャッターを切った。

ふうた


気持ちって、ちゃんと伝わるんだな、と実感した。
ふう太は、すべて理解していたと私は思ってる。
彼はもう怯えてなんかいなかった。

私の写真のおかげか?すぐに里親さんが見つかり
彼はようやく幸せを手に入れた。


私はふう太のことが忘れられず
6年後に彼と彼の家族へ大阪から東京へ会いに行った。

今度こそ、彼はぶんぶんの尻尾で、私を迎えてくれた。


photo by 薄氷

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