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時間の流れが速くなるのは、幸せな証拠
台風以来の慌ただしさがようやく落ち着いて、久しぶりにお茶の稽古。
先生のお宅へ向かう道を急いでいたら、前をゆっくり歩いている先輩に追いついた。
金木犀の香りがしたので「すっかり秋ですね。時間の経つのが、年々速くなります」と言ったら、先輩がこう答えた。
「時間の流れが速くなるのはね、それだけ幸せな証拠」
私はちょっと驚いて「幸せな証拠ですか?」と聞き返した。
「時間が過ぎるのが速くなる」って、「白髪が目立ってきた」とか「お肌にハリがなくなってきた」と同じ種類の、加齢にまつわるちょっと自嘲気味な社交辞令だと思っていたから。
「そうよ。だって、辛い時間はゆっくり過ぎるでしょう? 速ければ速いほど、幸せってことなの」
言われてみればなるほどと思い当たることがあって、何だか鼻の奥がつんとしてしまった。
♪
今日のお点前は、中置の薄茶。
盛夏に比べ、風炉がお客さんに近づき、水指はお客さんから遠い場所に置かれる、10月だけのお点前。
紅葉をかたどったお菓子。先輩が身につけている、鮮やかな葡萄柄の小紋。
自然の景物より、人が心をつくして整えたものに季節の移ろいを強く感じるのは、本当にふしぎなことだ。
そして、水指の場所が変わると、足の運び方、体を回す方向まで変わる。
何度通っても、同じお稽古は一日としてなくて、毎回初めてのように新鮮。
糊付けした洗い立ての白いシャツみたいに、気持ちがぱりっとする。
♪
お点前を終えて、しまい水をお釜に入れると、じゅっと音がして、心地よい静寂が聴こえる。
この一瞬のために、たぶん私はお稽古に通っているし、これからも続けていくのだろう。
伸びたり縮んだりしながら滔々と流れていく人生の時間の中に、変わらない一点がある。
その場所に少しでも近づけるように、心を澄まし目を凝らして、一歩ずつ。
読んでいただきありがとうございます! ほっとひと息つけるお茶のような文章を目指しています。 よかったら、またお越しくださいね。