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週末短歌 Nr.5|春原シオンさん「夏秋冬春+うつくしい」

また少し間が空いてしまったし、もはや「週末短歌」ではなく「週明け短歌」になってしまっているが(本日は月曜日)、このシリーズを改名するのも面倒なので、もうこの際、週末じゃなくても書きたいときがあれば書いてよいことにしたいと思う。

「ネプリ童貞」だったわたし

ドイツに住みはじめてそろそろ丸5年が経つし、コロナ禍で1年半も帰国できていないこともあって、わたしの浦島太郎ぶりは加速している。そんななか「ネプリ」という言葉を知ったのは、1月に短歌を始め、4月にTwitterを再開させてからのことだった。「ネプリ(ネップリ)」とは「ネットプリント」の略で、コンビニのコピー機を通じて、事前にアップロードしたデータを全国各地でプリントアウトできるシステム。Twitterの短歌界隈では、どうやらこのネプリが自分の作品を発表する媒体として広く活用されているらしいことが、この2カ月でわかった。結構な頻度でいろいろな方がネプリを発表し、感想を語り合っているのに、もちろんドイツにはコンビニは存在しないため、ただただTLを眺めることしかできない。どうしたらネプリを手に入れることができるか、いつしかわたしの頭はそれだけでいっぱいになった(うそ)。

そんな折、Twitterでフォローしている春原シオンさんが、はじめての自作ネプリを出されることを知った。シオンさんの歌、なんか好きだな……と思うことがたびたびあり、気になっていた歌人のひとりだ。だから、彼女のネプリはなんとかして読んでみたい。ネプリ公開後、TLにはシオンさんのネプリの感想を述べるツイートが次々と流れてくる。羨ましい、羨ましい、読みたい、読みたい、読みたい……!

そして、自分でも驚いたのだが、シオンさんにDMを送った。「ネプリ、海外だと読む術がないのですが、とても読みたいです…」という感じで、はじめは遠慮気味に。わたしの思い(もはや思惑)が伝わったのか、シオンさんは快くPDFデータを送ってくれるとお返事をしてくれた。やはりいってみるものである。こうして、わたしははじめてのネプリを自宅のプリンタで出力し、「ネプリ童貞」を卒業したのだった。

夏秋冬春+うつくしい

シオンさんの初ネプリは、「夏秋冬春」と題された自選三十首と、未発表「うつくしい」の六首連作で構成されている。わたしの三つ年上のシオンさんの作品はどこか大人っぽく、自分が体験してこなかった憧れの世界や、同世代だから「ああ、わかるなぁ」という両方が混ざっている。

何度か通して読んでみるうちに、このひとはちゃんと自分の弱さを知っていて、それを受け入れて、でも強さがあって、だから惹かれるんだなぁと納得した。20代の頃は何かと強がっていたけど、30代になると、もうそれなりにいろいろな山を越えてきて、自分の強みも弱みもわかってるからこそ、一歩引いて世界を見ているところがある。そういうシオンさんの大人っぽさ、それがいいなと思っていることに気づいた。

短歌をはじめてまだ半年も経っていないわたしの読みが当たっているかどうかはわからない。恐る恐る本人にこの感想を伝えてみたところ、「昔から私のことを知ってくれている人みたいでほっこりしちゃいました」とうれしいお返事をいただいた。「そうありたい自分像、みたいなものを短歌たちから読み取っていただいたようで、とてもとても嬉しかったです」とのお言葉も。わたしはまだ一首一首を評するのは、気が引けてしまう。知識や技術が追いつかないので、自身がないのだ。でも、作品群から詠み手の人となりや日々の生活を想像するのはとてもおもろいし、そこから見えてきたもので「なんかこのひと好きだなぁ」と、好きな歌人が見つかるのだと思う。穂村さんが好きなのも、きっと同じ理由だ。

だしぬけに桜のことを話すので今は夏だと言えないでいる
幸福って何もなくても花を買って帰りたい日の わかりませんか
ばらの花 ぜんぶ無駄だとわかっててそれでも祈ることが愛だよ

どれも本当にすてきなのだけど、とくに好きだと思ったシオンさんの歌を挙げたら、たまたま全部お花の歌だった。こういう偶然にも、紐解いたら何かあるのかもしれない。

はじめてのネプリを大事に保管するために、無印にファイルを買いに行った(ドイツのペラペラのファイルでは、きっと台無しになってしまうから、こういうときは惜しまずいいものを買う)。とはいえ、海外からネプリを手に入れるためには、制作者に直談判しなければならない。実はもうすでに「突撃済み」の方もいるのだが、これからもどんどん突撃して、このファイルをネプリでいっぱいにしたいと思う。

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