見出し画像

バターとルッキズム

ルッキズムという言葉を最近知った。
面食いみたいなもん?と思ったのだがWikipediaを読んでいるとどうもカッコいいのが好きというよりは容姿が魅力的でないと蔑む傾向、みたいな印象を受けた。

私はデブの類である。どこにでもいる容姿。
痩せていたと言えるのは小4から小6くらいで、思春期を過ぎてからはいつも痩せたいと食べたいを往復しているようなおばさんその壱。

柚木麻子さんのベストセラー本「BUTTER」を読んだ。
この話は簡単に言うとスレンダーな週刊誌記者の町田里佳が、バターをこよなく愛す殺害容疑者の梶井真奈子を取材して彼女と関わっていくうちに里佳の人生に変化が起きる話だ。今までの価値観が揺らぎ、自分が目を伏せていた過去や気持ちに向き合わざるを得なくなり、人間関係にまで影響する。

殺人容疑者に魅了され翻弄され、かと思えば立場が逆転し信頼され執心される。
その中の必要不可欠な素材、それがバターなのである。読む側にまで渇望させる麻薬。それがバターだ。

バターの描写に食欲が掻き立てられる。いかしそれ以上にバターを求めてしまうのは「幸せになる欲」だ。もれなく脂肪がつくというリスクがありながらも、その幸せになりたい欲を満たすことのできる唯一無二の素材。(当社比)

…この本はデブに難色を示す表現が多々あるのでちょいちょい引っかかる。初めは自分を否定されたような気持ちにもなった。ルッキズムという言葉は出てきていないが読みながら意識せざるを得ないところが随所にある。スレンダーな記者が身も心も太ってゆく様を目の当たりにした周りの反応は当然といえば当然なのかもしれないが、町田里佳さんは太ったとはいえデブになったわけではないので、この本の中ではとっても太る事に厳しい。それに対する本人の自意識も厳しい。
だいたい、人の外見なんてそんなに気にしないし、有名人でもない自分の体型なんて人はそんなに気にしてないと思って生きてきたのだけど。


その反面、自分が太ることには罪悪感があり太る自分を嫌悪してしまうのも事実だ。自己管理ができていない、自分に甘い、美意識が低いと言われればグサグサ来るがその通りでしかない。「太った?」はNGだが「痩せた?」は「キレイになった?」と同義語みたいになっている。よく考えたら可笑しな話だ。

不思議なことに綺麗な人が外見のコンプレックスを抱えていたり、全然太ってないのにダイエットしてる人がいる。

ダイエット特集の雑誌、エクササイズやオートミール調理の配信動画、数々のサプリ。
自分がデブな事とBUTTERの流れから太った人に特化したが、肌にしろ身長にしろ整形にしろ、コンプレックスにつけ込んだ数々の商品が沢山ある。ルッキズムが蔓延る世の中ゆえの経済状況。外見に悩む人が沢山いるからこそ良くも悪くもお金がそこで動いていている。大半無駄遣いなのに。(当社比)

実は私はダイエットに成功した事がある。
コロナが流行し始め、子供達は休校で外出を自粛せざるを得なくなり、運動不足のために任天堂の「リングフィットアドベンチャー」をやり始めた。子供の運動不足解消のために購入したのだが、毎日続いたのは私だけで3ヶ月過ぎた頃から少し体重の変化に気がついた。調子にのってプロテインを飲み始め、別のエクササイズ「フィットボクシング」も始めた。減る一方の体重が嬉しくて大好きだった菓子パンとお菓子も低糖質なものにした。結果、最終的には半年で10キロ減った。

だが戻った。運動は毎日ではないが続けている。だけど菓子パンとお菓子、外食もするようになるとあっという間だった。好きな物が目の前にあれば食べてしまう。嗚呼、愛しのプレスバターサンド。

一度出来たのだからまた減らす事はできるはず、と思っている自分は甘い。いや、頑張れよ私。

余談だが、西洋の美術史の中に出てくるルノワールとかの女性の裸体は豊満で私のデブ体より肉肉しい。(若いけど)
あれは美として描かれているはず。
満足に食べれる人の方が少ない時代だったから太っている方が美しいとされたのだろうか?40年後のモディリアニの女性なんかは細いもんな。

昨今の殺伐とした世の中、もし明日死ぬなら何をする?と考えた。
いつもと同じ日常を過ごすけど、どんだけ太ってもいいから食べたいものいっぱい食べるだろう。これが3日後になると会いたい人に会いにいくし、1ヶ月後なら行ってみたかったところに行く。3ヶ月後なら何か新しい事を始めるかもしれない。だけど明日なら、とりあえずめっちゃ食べます。ルッキズムなんてどうでもよろし。

まあ明日死ぬ予定はないので23時の今、小腹が空いても無理矢理眠る。最近はお年頃のせいか20時過ぎてから食べると睡眠中に逆流性胃腸炎を起こすのでどちらにせよ我慢。

恍惚に なれるならよし 食べませう
バターサンドと 君の後悔

後悔はしないぜ。そう思うなら食べよう。幸せになるために。