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あたらしい生活、旅立ちの日

みんなの心を描いたような花曇りの日、私は母にメッセージを送った。

今日は、18歳から勤めた場所を、母が退職した日。部署は変われど一つの場所で、40年以上も働いていた。新卒で入った場所を6年足らずで辞めてしまった私は、これも一つの才能だよなぁと、いつものは向けたことのない尊敬の気持ちがぽこんと生まれた。

仕事をしている母は、ずいぶんと楽しそうだった。仕事から帰ってきてごはんのあと片付けをしている間、私は手伝いもせず台所の椅子に座って、「今日〇〇さんがね」と話す母の言葉を聞いていたような気がする。

嫌なことがあったと落ち込んでいたり、同僚のことばが面白かったと笑いながら話したり、大好きだった人が死んじゃったと泣き出したり、日々の出来事にそれはそれはとにかく忙しそうで、充実した毎日を送っていた。

休日には親の介護のために母の実家へ毎週帰り、掃除、洗濯、料理を二家庭分行っていた母。次第に平日も立ち寄るようになり、毎日いそいそと車を走らせ実家と家を行き来していた。

今、母は私のことを「いつも忙しそうだ」といやみのように言うけれど、あなたも十分忙しそうだったよと、声がのどまででかかって、ごくりとのみこんでいる。この性格は親譲りだし、働きたいのもあなたの背中を見て育ったからだし、暇が嫌いなところだってそっくりだ。似なかったのは、おしゃべりなところ。ただ、それは祖母に似たなと思う。私と祖母は聞く側だったから。

メッセージには、たいしたことは書けなかった。おつかれさまと、コロナが落ち着いたらおつかれ会をしようということ、それまではお互い元気で、健康に気を付けてすごそうね、と。

「これからは365連休なんだよ!」と、少し前に母が言っていたことを思い出した。今の私にはストレスになってしまいそうな連なりだ。

桜が散る前に会うことは難しいけれど、365連休の最初の100日以内には、時間をもてあまして楽しそうな母に会えればいいなと思う。感染者が日増しになっていく報道を聞くたびに、そんな願いが頭をよぎる。


去年の毎日note


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