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彼女の欠片を集めたら②

前回に引き続き、大学の同級生のことを。

書くことで何かが変わるわけではないけれど、自分の気持ちの整理になっているかもしれない。




彼女は言語聴覚士養成校時代の同級生で、席はいつも私の一つ前だった。

卒業後の彼女

なんとか国家試験をパスし、私も彼女も新人の言語聴覚士として春から働くことになった。

私は卒業後地元に戻ったこともあり、彼女との交流はそこで途絶えた。

ただ、彼女の親友のUちゃんとは続けて連絡を取り合っている。

お互いが結婚するまで、年に1回旅行もしていた。

彼女とUちゃんも大学時代と変わらない仲の良さだった。

趣味のイベントに一緒に参加したり、仕事の愚痴などを言い合ったりしていたと聞いている。

Uちゃんに会ったとき、彼女の近況についてこう教えてくれた。

「あの子(彼女)ね、職場に教えてくれる先輩がおらんらしい。ひとりいる言語聴覚士は定年近いおじさんらしいし。業務はそんなきつくないみたいだけどね~」と。

その時は、色んな職場があってみんな大変だな、くらいにしか思っていなかった。

雨の日の電話

社会人になってからも時々していたUちゃんとの電話。

しばらくUちゃんと電話してないな、と思っていた頃、LINEが来た。

「話したいことがあるんだけど、夜電話できるかな?」

そのLINEを見たときには、彼氏との別れ話でも出ているのか、また仕事を辞めるか悩んでいるのか、どちらかかな、なんて安易に考えていた。

梅雨も近づき、窓の外からはしとしとと雨が降る音が聞こえる。

Uちゃんの声は電話越しでも柔らかいアルトの声で、耳障りが良い。

でもその日は涙交じりの声で、こう切り出された。

「Mちゃん(私)、たぶん泣かせちゃうと思うし、私も泣いちゃうと思うけど、どうしても話しておきたいんだ。聞いてくれる?」

雨の音が強くなる。


彼女は1年前に亡くなっていた。

ことばは凶器だった


そう聞いた瞬間、雨の音が消えた。

Uちゃんはぽつりぽつり、話して始めてくれる。

1年前の春、彼女は職場を変えたそうだ。

その中にひとり、彼女に強く当たる先輩がいた。

通常、新人の言語聴覚士には(他のリハビリ職も同様だと思うが)、業務やリハビリ内容の指導・相談役として先輩が教育係につく。

教育係の指導のもと、業務を覚え、リハビリ職種として自己研鑽をし、成長する。

しかし、彼女は初めて就職した病院ではしっかりとした教育を受けられなかった。

そのため転職した病院では『経験者としてできて当たり前』と思われることが出来なかったらしい。

だからといって彼女に非があるわけではないのに、ある先輩から毎日のように叱責を受けていたようだ。

Uちゃんにたびたびメールで弱音を吐いていたらしい。

時には人間性を否定されるような言葉をかけられたとも。

もともと真面目で頭の回転がよく、プライドの高い彼女。

慣れない環境の中、徐々に追い詰められていった。


そして5月の連休明け、彼女のお姉さんからUちゃんのもとに連絡が来たそうだ。

彼女が自ら命を絶ったこと、最後に会ってほしいこと。

几帳面な彼女はUちゃんからの宅配便の送り状を引き出しに仕舞っておいたらしく、お姉さんからUちゃんに電話が繋がったようだ。

信じられなかった。
私はただ、Uちゃんの話を無言で聞くことしかできなかった。

彼女の死後、遺族は勤務先の病院に抗議したそうだ。

パワハラを訴えたが、病院側は非を認めなかった。

Uちゃんは被害の証拠として、彼女とのメールを提出すると申し出たそうだが、お母さんが憔悴し切ってしまい、結局泣き寝入りという形になってしまった。

どうしてだろう。

何で彼女がいなくならなければならなかった。

悔しい。悔しい。

もう、あの艶やかな黒髪も、容赦ない物言いも、嫉妬で拗ねる顔も、見られない。

世界中のどこを探したって、もう彼女はいないのだ。

どれだけ辛かっただろう。

言葉は便利だけど、少し扱い方をまちがうだけで凶器になる。

そんな簡単なこと、ことばを扱う職種だったら分からない人間なんていない。

それが分からない人と同じ仕事をしていることに、絶望を感じた。

Uちゃんも同じ気持ちだった。

Uちゃんはその後、言語聴覚士の仕事を辞めたという。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

次回で最後にしたいと思います。


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