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彼女の欠片を集めたら③

大学時代の同級生のお話。
もう会えなくなってから7年。

思い出すことは供養になるのかな。


彼女は言語聴覚士養成校時代の同級生で、席はいつも私の一つ前だった。

雨上がり


Uちゃんとの電話は、自分が何を話したかあまり覚えていない。

ただ、つらいのに話してくれてありがとう、という事だけは何とか伝えられた。

電話のあと、湯舟に浸かりながら彼女のことを考える。

どんな言葉を投げつけられたのだろう、どれだけ痛かったのだろう。

手を合わせ、彼女の冥福を祈るしかなかった。


日常の中で


彼女の死を知った後も、日常は続く。

時間が来れば支度をし、仕事へ向かう。

その日のスケジュールに沿って患者さんのリハビリを行い、少し遅めの昼休憩をとる。

言語訓練室でお弁当を食べていると、後輩がよく同席してくれた。

私の前に座ってお弁当を広げ、患者さんのこと、業務のこと、プライベートのこと、色々と話をした。

当時は回復期病院へ勤務しており、後輩の人数は先輩よりも多かった。

時には担当の患者さんについて相談を受けることもあり、一緒に悩み、考えていたことをよく覚えている。

後輩の相談にはなるべく親身になり、私の数少ない経験や知識を伝えていた。

というのも、私自身が新人の頃、先輩達に良くしてもらっていたからだ。

優しい先輩に支えてもらった過去があるから、私もできる限り後輩たちを見守りたいと思っていた。

後輩のまっすぐな目に、ふと彼女のことが脳裏をよぎる。

職場の人間関係に恵まれなかった彼女と、今の自分。

彼女にも同じような環境があれば、という悔しさは、次第に罪悪感に変わっていってしまった。


アクセルを踏む


彼女の親友のUちゃんは言語聴覚士を辞めた。

私はどうだろう。このままこの仕事を続けていいのだろうか。

仕事帰り、ハンドルを握りながら考える。

ちょうどその頃、職場の研修旅行でハワイに行かないかと上司に誘われていた。

職場の恩恵に預かって南の島へ?

浮かれたい気持ちに蓋をするように、罪悪感が騒ぎ始める。

車は坂道にさしかかる。

下り坂はアクセルを踏まなくても、惰性で滑り降りていく。

落ちていくときに力はいらないのだ。

楽だな、と思う。
そうやって勝手な罪悪感にまみれて、気が付くと悲劇のヒロインを演じてしまいそうになる自分に嫌気が差す。


目前に上り坂が迫る。

このまま止まってしまってもいいか。

田舎の夜道、こんな時間に通る車は少ない。

アクセルペダルから足を離してみた。徐々に減速していく。

ほんの数秒だったと思うが、なんとなく、異世界へ吸い込まれそうな気がした。

ふとバックミラーを見ると、ヘッドライトを光らせて後続車が近づいてくる。

はっと我に返り、慌ててアクセルを踏む。

私はもう、この道を走っているのだ。

勝手に止まることは許されないのかもしれない。

彼女というパズル


彼女を思い出すと、やはりもう一度会いたいな、と考えることがある。

そこでなんとなく、高校時代の英語の先生が

「学生時代にね、友達が学園祭で占いをやったの。それがすごく当たるって評判になって。でも終わった後に見返してみたら、診断に使う表が1個ずつずれてたみたい」

「だからさ、人っていうのは多面体だよ。真面目な人だと思っていても、羽目を外す一面もあったりする。真逆の性質が同居しているものだよ。」
と話していたことを思い出す。

そうか、私が知っている彼女は、彼女のほんの一部分だ。

グループワークで鋭い意見を出してくれる彼女、
親友のUちゃんをとられたと私に嫉妬する子供っぽい彼女、
ゴスロリ系の私服が似合っていた彼女、
独特の角ばった字を書く彼女、
お気に入りの声優に恋する彼女、
いつも後ろの席で目に入っていた彼女の長い黒髪。

それら全ての姿が、パズルのピースみたいだと思った。

彼女を構成する要素のようなもの。

私が持っている彼女の欠片、
Uちゃんが持っている欠片、
ご家族が持っている欠片、
彼女が接した患者さんが持っている欠片。

彼女に関わった全ての人が持っている彼女のピースを集めてつなぎ合わせたら、パズルが完成するように、もしかしたら彼女が姿を現すかもしれない。

そんなことを考えてみた。

いや、やっぱりそれは彼女であって彼女ではないのだろう。

宝箱にそっと仕舞っておこう。

そして時には欠片をUちゃんたちと見せ合って、あの時の彼女、かっこよかったよね、面白かったよね、と懐かしみたい。

心の中で生きていてほしい。

もういなくならないように、何度でも思い出すから。




私に出来ることはたぶん、言語聴覚士という仕事を続けていくこと、そして彼女のように未来を断たれるセラピストが出ないよう、教育に力を入れていくこと。

見ててくれるかな。

空の上で会った時になんて言ってくれるか、楽しみにしておこう。


3部作となりましたが、読んでいただきありがとうございました。


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