偽物が考えたこと
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芸術の秋、スポーツの秋、ですね。
運動会や文化祭の盛んな時期となりました。職場でも、諸々準備に取り組んでいるところです。
私たちは時折、会を進行するための「ナレーション」なるものを、行うことがあります。
決まった台詞を録音して流していく訳ですが、これがどうも、鳥肌を立たせています。
自分の声を録音したはずなのですが、流れてくるのは、思いもしなかった甘ったるくて甲高い声で。
自分でようやく「こんなんなんか…」と気づき、ガッカリしたというエピソードです。
こうだと思っていても、自分の感覚にはズレがある。
自分の感覚(見たり聞いたり感じたり)をまず捉えること
そしてそれを人に伝えるとなれば、
繰り返し、トレーニングが必要になるんでしょう。
例え、本物であっても。
さて、ロービジョン仲間が集まるようになって、「ロービジョンに関する講演会、体験会」を行うことも増えてきました。
これまで、私がロービジョンについて語ることも多かった訳ですが、正直なところ、
「偽物が何を語る」
というワードで頭がいっぱいでした。
目をつぶって眉間にシワを寄せて、「ちがうよなー、ちがうよなー」と、準備には独り言が付きもの。
たくさんの本物たちを差し置いて、
眼科医でもない私が、ロービジョンを語るなんて、バカヤローなんじゃないか?と。
ましてや、体験ゴーグル一つで、ロービジョンが「分かる」なんてこともない。
私が偉そうに語る内容に、「え?」「は?」とならずに、聞き入れてくれていた本物たちには、感謝せねばですし、
これからもっと、みんなが自分を語って、聞き手の引き出しが増えて、それがみんなのトレーニングにもなって…
そんな風にしていくべきだなあ、と。
ロービジョン者の見え方のイメージ画(広報誌)を作成するために、腰を据えて、一人一人に「どんな見え方?」と、ヒアリングしたのが、2017年でした。
あの頃は、「まず、中心暗点です」とか、「なんか、この辺が、ぼやーっとした感じです」という説明から、
「霧の多い夜に運転してて、対向車がライトをつけてすれ違った時に、そのヘッドライトが目に入って、眩しくて目を細めて視野が狭まった感じの見え方で…」
みたいな、やけに長いトモの説明まであって(分かりやすいようで分かりにくかった笑)
何度もイメージ画を修正してもらって、聞き取って、を繰り返したのを覚えています。
そこから、色んな人前に立って、講演会や体験会の場数を踏んできたみんな。
何かに例えてみたり、紙に書き表すようになったり、「これは分かるけどこうなると分かんない」という境界線を伝えたり、見えにくいならではの面白い話が出てきたり。
今はみんなが何を語るかが楽しみです。
偽物の出番は、そろそろおしまい。
たまには参加者として、講演や体験を受けてみたな、と思った秋の日でした。