変なバイトをやってみた!~道端にバズりそうなものを落とすバイト~

 びっくりするほどお金がない。そこら辺の貧乏人が優越感を覚えてしまうほどお金がない。そのようなことを友達に話していたら、面白いバイトを紹介してくれることになった。住所の書いた紙と集合時間を渡されて、もし本当に金に困ったら行くと良い、と言って去っていった。あいつは漫画にでも影響されたのだろうか。

 結局びっくりするほどお金がないままだったので、その紙に書かれた場所に行ってみることにした。そこはありふれた公園で唯一違うところと言えば絵にかいたような好々爺が「はろぉわぁく」と書かれた段ボールを持ってベンチに座っていることくらいだった。文字を見るにあの人がバイトの人なのかな、と声をかけようとしたとき後ろから肩を叩かれた。

「あなたが◇◇(さっきの友達の名前)さんが言ってた田中(仮名)さんですね?」

 振り返るとそこにはシルクハットをかぶった男性がいた。

「そうです」

「待たせてしまってすいません。場所へ案内します」

 そういうと私を手招きし呼び寄せ、公園の外へと歩いていった。私は好々爺になんとなく会釈するとシルクハットについていった。あの好々爺誰なんだ。

 シルクハットはある建物へと入っていった。

「この部屋に入ってお待ち下さい。もう少しで依頼人が到着する予定です」

「あ、貴方が依頼人では無いんですね?」

「はい。私は仲介でございます。それでは」

 シルクハットはお辞儀をすると去っていってしまった。小さな会議室のような小部屋で待つ事数分。扉が開く。

「失礼しまーす。あ!貴方がバイト受けてくれる人?」

 そのような台詞とともに、恰幅の良い男性が入ってきた。

「あ、はい。田中と申します。よろしくお願いします」

 依頼人に失礼があってはダメだと思い、立ち上がり礼をする。

「いいよいいよそんなかしこまんないで。じゃ、説明するね」

 男性は席につくと、僕にも座るように促してきた。

「んで、やって欲しいのはこれね」

 僕が席に着くと、男性はとある物を差し出してきた。

「これ……生魚ですか?」

 男性が机に置いたのは紛れもなく生魚だ。

「これで何をすれば良いのでしょうか?」

「これをね、道において欲しいんだ」

「は?」

「この生魚を。道に置く。それだけ」

「はぁ……何の為に?」

 当然の疑問だ。生魚を道に置いておくだけなど意味がわからない。

「うーん、まぁそれ聞くよねぇ」

 男性は困ったように笑いながら、どうしようかなぁ、と呟く。

「よし。こうしよう」

 男性は懐から封筒を取り出す。

「これ、今回のお給料ね」

 封筒から、日本で1番価値が紙幣(あくまで一般常識で。ここで昔はもっと高いものもありました、などと揚げ足を取ってくるような奴とは俺は友達になりたく無い)を5枚取り出す。

「五万円も!?」

 本当に生魚を道に置くだけのバイトで五万貰えるなんて。生魚を道に置く相場を知らないがおそらく破格であろう。

「そして、理由を聞いてくれないんだったら……」

 男性は指を二本立てる。

「もしかして、プラス二万ですか!?」

 男性はいい笑顔で首を振る。

「2倍」

「にばっ!?」

 十万。生魚を道に置くだけで十万。こうなったら理由なんてどうでもいい。

「是非、やらせて下さい」

「よろしく頼むよ」

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『じゃあここが私の家だから。田中くんはあの公園の前辺りにこれを置いといてくれ。何かあったら連絡してくれよ』

 男性はそう言ってアパートに入っていった。何はともあれ、やってみよう。砂がつくのがなんとなく嫌なので下に紙を敷いて置く。

(これでいいか・・・)

 私は生魚が確認できる距離のベンチに腰を掛けてスマホを取り出すと、生魚に何かが起きるまでじっとしていた。

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(お?)

 生魚に一人の女性が近づく。あの制服はおそらく△△高校の生徒だろう。バックからはみ出るジャージを見るに二年制だろうか。女子高生は生魚を確認すると、少しあたりを見回してからスマホを取り出して写真を一枚とり、少し速足で去っていった。

(あ、連絡しないと)

 私はプレイしていたゲームを中断し、電話番号を入力し始めた。

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「いやぁ、ありがとうね!」

 男性は扉を開けて私を迎え入れる。電話口で指示された通り生魚を回収して。

「はい、これ」

 茶封筒を渡される。失礼だと思いつつも中を改める。十枚。

「あ、ありがとうございます!」

「働いてくれたんだから、お礼なんていいよ」

 男性は笑う。

「じゃ、今日はこれで。また縁があれば・・・」

「あ、あの!」

 話を切り上げようとする男性を制す。実は、電話してからこの家に向かうまでの間に一つ嫌な予感がしたのだ。

「あの、結局これって何に使うんですか?」

 男性は笑みを崩さない。

「というと?」

「いえ、大丈夫です。あの、正しいか正しくないかはいいんです。考えだけ聞いてほしくて。えっと、Twitterってご存じですか。ご存じ。はい。えっと、バズるって知ってます?はい、そうです。それで、私だったらの話なんですけど、私だったら、道に生魚が落ちてたらバズると思って写真を撮って、で、その写真をTwitterにあげると思うんですね。それが女子高生ともなれば、承認欲求は強いと思います。偏見ですけど。だから、そのツイートで。えっと、Twitterで生魚って検索して、女子高生のアカウントを特定しようとしてるんじゃないですか?」

 男性の家までの道のりで考えたことを言葉にする途中、男性の顔があまりにも笑顔で焦り支離滅裂になってしまう。

「ふむ」

 男性は数秒黙ると口を開く。

「特定したところで?」

「え?」

「特定したところでどうなります?私はその女子高生の事を知りませんよね?」

「あ・・・」

「こんな状況でこの生魚をツイートしているアカウントを見つけたとしても、そこから特定なんてできませんよね」

「それは・・・」

「大丈夫です。貴方は犯罪にかかわってしまうことを危惧しているんですよね?」

「・・・はい」

 図星だ。

「神に誓います。私は今回の情報で罪は犯しません」

「そう、ですか・・・」

 神に誓うと言われてしまえば、私からは何も言うことが無い。

「それでは」

 私は男性の家を出て、扉を閉じる。スマホを取り出す。Twitterで生魚と検索する。白い紙の上に敷かれた生魚の写真と共に、『やばw道に生魚w』と書いてあるツイートを見つける。そのツイートに彼女の高校名と学年をリプする。残念ながら彼女はパパ活などはやってないようなので大したダメージにはならないだろうが。

 それにしてもいい方法を知った。あの男性には感謝しなければならない。あの態度であれば同業他社でもないだろう。私はスマホをしまうと手に入れたばかりのお金でバズりそうなものを買いに行く。もちろん、落とすために。

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 あのバイト君は変なことを言う。犯罪なんて小心者の私にはとてもできない。むしろそんな思考にたどり着くあのバイト君は少し怖い人だったのではないか。生魚を手に私は最悪の事態を考え身震いする。まぁ、無事でよかったと考えているとプリンターの音がやむ。生魚の写真をつぶやいているツイートのスクリーンショットだ。生魚とその紙を持ちながら地下室に向かう。階段を降り、冷凍庫を開ける。そこには無数の生魚とツイートの画像がある。私はそこに今日得たセットを並べる。

「ふふっ」

 甘美な光景に思わず微笑む。

「やっぱり、生魚の写真を撮ったツイートとその被写体である生魚が並べられている様は美しいな」

#やってみた大賞


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