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誓いのことば

「何もわかっていない。たくさん分析しても、エッセイを書いても、本を読んでも。好きと伝えても、思っても。私は彼を分かっていない。
何度も繰り返し、彼の話を聞いた。そんな中で彼をひとつもわかっていないことに、丸3年。4年目にして気づく。
私は何も分かっちゃいない。
分かろうとは努力したつもりでも、“つもり” でしかない。ただ好き、なのと愛する、の壁は大きい。
どうしたら私は彼を、“愛せる” のか。
何年たっても、ムリな気がするし、いつかはできる気もする。
このペースでいったら、墓場は近くに見えてきて、もっとペースを上げなければと努力してみるけれど、
結局私は私でしかない気もする。私にも意義があって、でもとても、
それをよく感じさせてくる彼のことばに、どう追いつこうか。
いつでも考えている。
愛なんて。私が未熟では、到底考えられないことなのだ。
彼が好きな私になるには。服を着飾ることでも、エロい身体になることでもなくきっと、
私が私に誇りをもてる、強い私になることなのだ。」


【書きなぐったことばたち。一世一代の誓いをたてます。】

ふくらはぎが痛い。あと、ほんの少し気持ちが悪い。目やにがひどくて重たくなった瞼をあけると、昨晩の最後の記憶からかけ離れた光景が目の前に広がっていた。

レモンが入ったグラスといいちこの一升瓶、スリープモードのパソコンと灰皿から零れ落ちたモノクロの灰。
そしてこのことばたちが書かれたノートがカーペットの上に転がっていたのだった。

嗚咽交じりの涙を流した夜を越えた朝。私は一世一代の誓いをここに綴ろうと思う。はじめてはっきりと彼のことを書こう決めた。


私には特別な人がいる。昨晩の涙の理由もその人だ。
彼にはじめて会ったのは、私が19歳の頃。アルバイト先に後から入ってきた彼は27歳。不愛想に見えたその態度から第一印象は最悪だった。
夜勤がメインだった私たちは、勤務後始発を待つ時間を共に過ごすことで話すようになり、私は彼に恋愛感情を抱くようになった。

好きだと自覚した朝をよく覚えている。
恋愛ドラマは好きだけど、恋する感情をデフォルトな言葉で表現するのは避けたい性分。でもこの表現が、目に映るものに、心の中で渦巻く感情に数ミリの狂いもなくハマってしまった。

帰り道の京葉線新木場駅のホーム。スカイツリーやビル群の景色が、昨日見た景色よりずっと輝いて見えた。
“景色が輝いて見える” なんて。んなアホなことあるかいな。あったんです。今まさにこの目に映る景色が輝いて見えるんです。
私は彼に恋をした。そう確信した。


彼は私のはじめての人になった。
上野公園の8分咲きの桜がまぶしい季節の事だった。


【ああ、この人のこと何も分かっていなかった。打ちひしがれた朝】

あれから3年が経った今でも、私にとって特別なのは彼だけだ。
付き合ってすぐに別れて、私は何人かと付き合ったし、彼は沢山の女性と出会って身体を重ねただろう。でも、私たちは未だに、この依存した関係から離れられないでいる。

その後ろ側には、彼の閉ざされた扉がたくさんあるのだけれど、それを語るには未熟すぎる私である。
そう、冒頭で殴り書きしてあったノートの言葉にも書かれていたことだ。

昨夜、映画を見ながら晩酌をする真夜中に彼から他愛もない電話をもらった。そこで彼に投げかけた軽はずみなことばによって彼を怒らせたのだ。
そんなことは今までもあって、その度に「そこまで言われる筋合いはない!」と連絡を絶っていたけれど、今回は違った。

「ああ、この人のこと何も分かっていなかった。」
この気持ちで胸がいっぱいになるほど、3年という月日をかけ、彼を精一杯愛そうとしたわが身が情けなくなったのだ。
もちろん沢山努力をしたと思う。彼の表情を読もうとしたり、彼の好みの女性になろうとしたり、そしてなによりたくさん彼の話を聞いていた。
その話を分析して、エッセイにして、自分なりに考えを解いたりもした。
でもそれは、ただ彼を見つめているだけの事だった。

そんな風に思った理由。

それは、

今まで私自身に誇りを持てる私ではなかったということ。

プライドはあるし、目標に向かって突き進むタフな姿勢があることは自分でも認める。でもどこかで自信がなかった。いつでも自分が中途半端に思えていた。大きな夢に挫折してあがいている今は、何かと理由を付けてその夢から逃げているだけだった。
そんな私を、外見だけ繕った脆い私を、彼が愛するわけがない。
そして、誰に何を言われようとどう思われようと、自分の尊敬する人やたったひとつ信念に正直に生きる彼をどう理解できるというのだろう。

彼と初めて向き合えた瞬間、私は私自身と向き合ったのだ。

それに気づいた瞬間、涙が止まらなくなった。
彼をほんの少し理解できた今、彼と出会って何度も会話をして寝食を共にして、身体を重ね合って3年が経ってしまったという月日の流れに、そんなに月日が経ったのになにも理解できていないことに、ただただ打ちひしがれた。

【今私が彼を愛するために、愛されるためにできること。それはただひとつ。】


散乱したグラスや灰皿を片付けて、ころころローラーで汚れたカーペットを掃除して、殴り書きの言葉たちを読み返した。
今私が彼を愛するために、愛されるためにできること。それはただひとつ。


私が誇りを持てる私になることなのだ。


そんな私になろうと思えた私は、少しだけ私を好きになれた。
そして、私の人生においてこれに気づかせてくれた彼はきっと、ずっと私の特別な人だ。

“好き” と “愛する” の壁はまだまだ大きいし、彼を愛し彼に愛される人間になるにはどれほど時間がかかるか分からない。
でも、いくら時間がかかってもいつか結ばれなかったとしても、


彼は私にとってたったひとりの人であることは変わらない。


これからの長い人生で何度彼を思うだろう。そして思い出すだろう。
でもきっと、その度に私は私を誇らしいと思える人間になろうとすることができる。
そして、その度にまた彼を誇らしいと確信するだろう。

まずはいま、私が私に誇れること。
それは、愛しくて愛しくて、愛しくて堪らない特別な人に出会えた人生であることだ。



どんなことがあっても、どんなに辛く苦しいことがあっても、
彼を愛する努力を、私を愛する努力を惜しまない。


ここに誓います。




2020.5.31



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