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鬼月の、好兄弟

鬼月おにつき」とは台湾農暦の七月のことです。この記事は3年前に書いたものですが、今年(2023年)は8月16日~9月14日が鬼月に該当するため、期間中ここに再掲します

このタイトルが何を意味しているのか分かる方は、かつて台湾に住んでいた人か、もしくは台湾人のどちらかでしょう。

「好兄弟」(ハオションディー)は中国大陸で使わない中国語です。
しかし台湾では、よく使用します。
そしてこの語を知っていると、台湾人からは意外な顔をされます。

好兄弟は、日本でいう御霊ごりょう信仰と関係します。
というより好兄弟とは、御霊そのものなのです。

今月は鬼月ですので、好兄弟のお話をしたいと思います。

表紙の写真:
台南市の繁華街のお店の入り口の脇に祀られる「陰廟」(右下)。
撮影:気吹乃宮


台湾には「魂祭祀」もしくは「厲祭」という土着の祭祀があります。

孤独で亡くなった人の魂、病死や事故死や風水害の死者の魂すべてを「好兄弟ハオションディー」と呼び、忌み嫌うのではなく、上の写真のように店の横や道ばた、街の中に廟や祠を作り、そこにお祀りするのです。
これらは「陰廟」と呼びます。
身寄りのない魂がその土地で祟りを起こさないための、処置なのでしょう。

日本でいえば無縁仏ですね。
日本でも無縁仏は相当数いると思うのですが、今の日本社会ではなるべく見ないように、関わらないようにしている気すらします。

しかし台湾では、こうした無縁仏にも社会的地位を与えて、可哀そうだからとお祀りをするのです。
台湾って、慈悲のある社会だとは思いませんか?

しかもです。彼らの呼称は「無縁仏」ではなく、「良き兄弟」なんですよ。
好兄弟とは、彼らが祟らないための一種の隠語なのかもしれませんが、この呼び方にはどこかしら、やさしさを感じます。

地蔵庵や閻羅宮といった神廟とは異なり、好兄弟の祀られる陰廟は人間の魂です。
陰廟は神様とは区別されますが、たまに陰廟の霊格が上がると、土地や人々を守護する存在となり、普通の神様のようにお祀りされる場合もあります。

今年も鬼月が始まりましたが、台湾で鬼月は、この好兄弟がこの世にやって来る月間でもあります。

代表的な「鬼月あるある」タブーを挙げておきます:

・海や川、プールなど、水のある場所で遊んではいけない
・夜、洗濯物を外に放置しておいてはいけない
・夜、歌を歌ったり口笛を吹いてはいけない
・夜、写真を撮ってはいけない
・夜、誰かの後ろから肩をたたいて驚かせてはいけない
・夜、誰かに名前を呼ばれても振り向いてはいけない
・壁にもたれたり、壁際を歩いてはいけない
・新居を購入したり、新車を買ってはいけない
・風鈴を掛けてはいけない
・お風呂に水を貯めたままにしてはいけない
・玄関の靴は左右揃えて置いてはいけない(散らばせる)

台湾は鬼月に限らず、なにかとタブーが多い国なのですが、「洗濯物を夜に干さない」以外はわりと守れそうな気がしますね。

もっともこれは台湾ルールですので、日本にこれが当てはまるのかも疑問です(昔、これについてけっこう台湾人と議論しました)。

上記のルールはいずれも「陰を避ける」という意味合いがあります。壁際は陰の気が強いですし、夜も陰気が強くなります。

夜に洗濯を干すのがダメなのは、霊にとっての「依代」(憑依先)になるからだと言われます。


ただ仏教徒としては、どんな状況においても好兄弟や無縁仏を含む一切衆生には、慈悲の心をもって接し、救度します。かつての自分の親・縁者だったであろう(一度はどこかでご縁がある)好兄弟の苦しみを取り除いて、苦海から解放させる心構えが、大事だと思われます。

「除霊」や「悪霊退散」や「鬼は外」を大乗仏教が好まないのは、こうした観点に立っているからでもあります。

さらにチベット仏教では、彼らを救う手段として「スル」という儀式を日常的に用います。

「スル」とはチベットの主食である麦こがし(ツァンパ)を炭等で焼いた煙を土地神や地霊に捧げるもので、「法施」の一環として位置付けています。

バターやミルクを混ぜて燃やすベジタリアンのスルを「カルスル」(白いスル)、肉や血などを混ぜたものを「マルスル」(赤いスル)と呼びます。

好兄弟に対しては「マルスル」を用います。
チベットでは、彼らは通常の物品を食べることができず、ただ煙を食するのみとされるために「スル」を用いるのです。

「スル」のお経には、以下の2つの偈が登場します。

「七仏通誡偈」(しちぶつつうかいげ)

諸悪莫作 しょあくまくさ(いかなる悪も為してはならない)
衆善奉行 しゅぜんぶぎょう(どんな善でも積みなさい)
自浄其意 じじょうごい(自分の心をコントロールしなさい)
是諸仏教 ぜしょぶっきょう(これが仏陀の説かれた教えである)

「法身偈」(ほっしんげ) ※「縁起偈」とも

諸法因縁生 (あらゆる現象は原因と条件より生じる)
説我是因縁 (如来はまさにその原因と条件を説かれた)
因縁尽故滅 (如来はまたそれらの止滅をも説かれた)
我作如是説 (大沙門はこのように説く方である)


仏教はつまるところ、上の2つの偈に集約されるといっても過言ではないでしょう。

実際に「スル」では上記の2つの偈(チベット語)を繰り返し唱えるパートがあります。

要するにスルの儀式は好兄弟に対する「法施」であり、煙で飢えを満たし、怒りや怨恨を鎮め、仏教の道に入って苦しみから解放するための、すぐれた方法なのです。

もちろんツォク供養(ガナチャクラ)やサン供養(柴燈護摩供)でも、彼らを満たし、苦しみを解放することができます。
しかしツォク供養やサン供養は、メインの客人が仏陀や諸菩薩であることが、大きな違いであります。


鬼月だからといって必要以上に恐れたり、神経質になる必要はありません。

しかし目に見えないものを認めたり、敬意をはらうといった機会は、あってもいいのかもしれません。

好兄弟が1ヶ月間この世にやってくるという風習も、そういう自覚を思い起こさせるという意味で、大切と言えるのではないでしょうか。

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上の写真:
台南市にある薬王廟。道教の神様、神農大帝(藥王大帝)をお祀りする。
撮影:気吹乃宮。


サポートは、気吹乃宮の御祭神および御本尊への御供物や供養に充てさせていただきます。またツォク供養や個別の祈願のときも、こちらをご利用ください。