乾いた土の彼方に / 自作ショート・ショート
広漠とした土の広がりと化した畑にラナミヤは立ちすくむ。
もう既に七年もの間続くひどい日照りにナイルの水は涸れつつある。
地面に無数の穴を掘り麻の布を広げ被せ、地面から立ち上り繊維を潤す僅かな露を集め水を確保する早朝の繰り返しに空を見上げると、光る傾いたオリオンもただ恨めしいばかり。
王宮の倉庫には宰相が蓄積してきた穀物がまだまだ溢れている。
しかしその穀物を買い求める為の代金として、牛は既に売り払いもう何も残っていない。
「いったい神殿の神官達は何をしているのだろう。」
そう繰り返し呟いても、もはや無益な事はよくわかっている。
七年前までは、七年も豊作が続いた。街は活気が溢れ人々は余興に耽り、それは長く続くかのようだった。しかし…。
今や重苦しい呻きが街を支配している。いつまでこの日照りは続くのか。
もはや生き延びるには、この枯れた土地を手放すしかないのだろうか。
噂では奴隷として連れて来られた外国人がその類い稀な預言の力で宰相となり、豊作の期間に懸命な蓄積を押し進めたと聞いている。
その宰相がいなければ偉大なファラオですら、この酷い日照りには為すすべがなかったと聞いている。
しかしその賢明な宰相ですら、雨を降らせる事は出来ないのだろう。
乳を与えるのも躊躇われるこの不毛の時代に、次第に幼い子供は死に、あるいは母親達が産むのを控えているために、子供達の笑い声は途絶えた。
子供をさらい奴隷として売り飛ばす人買い達を避ける為に、外で遊び回る悪ガキ達の声も聞こえない。
少し大人びた少女は、生きる為に神殿娼婦に身を落とし、王宮の穀物で一儲けしようと企む腹の膨らんだ商人達や、官職で身を立てる嫌らしい小役人達に喜んで抱かれ、偽りの嬌声を上げている。
枯れた土を前にしても狂乱の夢を追う人間の欲望は尽きない。
あれほどの技術を持ちながら人は。
薄暗い月明かりにぼんやりと影を落とすピラミッドを遠くに眺めながら、また、ラナミヤは溜息をつく。
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注)この作品は、旧約聖書の中のあるエピソードを題材に書いたものです。
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