Naked Desire〜姫君たちの野望

第一章 心の壁−15

私は素早く、キャサリンがいる方向に姿勢をかえた。
彼女はアクア色の無地のシャツの上に、濃紺のノーカラージャケットを羽織り、前のボタンは開けている。下半身は、ジャケットと同じ色のレギンス、黒のパンプスという格好で、私の目の前に立っている。
近衛兵といっても、軍服を着用するのは国家や軍隊の儀礼行事がある時だけで、普段はスーツで勤務する。キャサリンに率いられた近衛兵も、全員がスーツ姿だ。
「キャサリン、どうしてここがわかったの?」
キャサリンは軽くお辞儀をし「殿下のMGPSを探索しました」と静かに話すと視線を上に向け、やや険しい表情で周囲を一瞥した。
軍隊と治安機関、それに皇族は、専用のMGPSを利用している。もちろん一般用の機械からは、彼らの存在を窺うことはできない。
「それにしても、ずいぶんと派手にやりましたね」
「相手が言うことを聞かないので、ちょっと痛い目に遭わせてやったの」
「それで、この男は殿下に何をなさったんですか?」
「室内でタバコを吸っていた上、店内で乱暴狼藉を働いた」
「それを殿下が注意されたのですね?」
「だけど、聞いてくれなくてね。逆ギレして私に殴りかかってきたので、突っ転ばしてこの通りってわけ」
といいながら、私はつま先でギュウギュウと、男の頭を踏みつける。男は悲鳴を上げるが、キャサリンも近衛兵も、大声を出す男を無言で睨みつけた。
「この男は何者ですか? 身元は?」とキャサリンが訪ねたが、私は首を横に振った。
そこへ、群衆をかき分けて、警官たちが店内にやってきた。
責任者と思しき人物が「犯人はこの男ですか?」と尋ねたので、私はそうだと答えた。
警官は数人がかりで男の身体を押さえつけ、私に足を除けるよう頼んだ。
そして男の両腕を背中に回し、手錠をつけた。彼らは男に立つよう命令し、彼を挟み込むような形態でパトカーに連行した。
店内は、男のわめき声と警官たちの怒鳴り声が交差する。
事件の一部始終を目撃した来客は、ネット上に事件のあらましを投稿したり、犯人に罵声を浴びせたりしていた。もちろん、この事についてなにか話す来客も目についた。
だが、本当に大変だったのはここからだった。
事件が発生した4階席は、現場検証のために封鎖された。
私とフリーダは警官から「事情聴取したいから、しばらくこちらに残ってほしい」といわれた。私は立場上「はい」と言わざるをえず、私の様子を見たフリーダは小声で私に「ほらぁ、だからいったでしょ」と、じと目で文句を言った。
「うわ、これはちょっとひどいなあ。片付けるのが大変だ」
「立ち入り禁止」のテープが貼られた客席をのぞきながら、ぼそっとキャサリンが呟いた。割れた食器の破片がそこかしこに散らばり、規則正しく並べられたはずの椅子とテーブルは、グチャグチャになっていた。男と店員がもみ合っていたのか、飲み物で濡れたメニュー、砂糖ポットなどの調味料入れがひっくり返ったテーブルもあった。
警察の実況見分の間、私とフリーダは、警察から事情聴取を受けていた。担当した警官は、私が皇族である事を知って驚いた。しかし私が学生時代、ここでアルバイトをしていたことを知ると、感心した様子を示してくれたのは、正直嬉しかった。
だが、当然と言うべきかも知れないが、店長はいい顔をしなかった。
「殿下、あなたのおかげで、こちらは余計な仕事が増えたのですよ」
憮然たる面持ちで私に話しかけたのは、この店のトップ、総店長のヘルマン・ラッシャーだ。私がこの店でアルバイト面接を受けた時「この店は、あなたみたいな人が働く場所ではない」といった人物である。
整った風貌を持ち、金髪を耐えず七三分けにし、細長いリムレスのメガネを愛用するこの男は、会社上層部やアルバイトからも「やり手店長」と見られているし、実際仕事はできる。物腰が柔らかいため、利用客からの評判もいい。だが、それはあくまでも表向きの顔に過ぎない。
その本性は出来のいい人間や自分のお気に入りの人間にはとことん甘く、出来の悪い人間や逆らう人間には、容赦なく罵声を浴びせる。人種差別的な言動の常習者で、それが原因で退店したアルバイトを、私は多く見てきた。それでいて、自分より上の人間の評価を絶えず気にし、自分に都合の悪い事実を権力でもみ消そうとするなど、責任者としてはいろいろと問題点が多い人物だ。
「総店長、お言葉ですが、あなたがきちんと職務を果たしていれば、ここまで大事にはならなかったはずです」
先ほどの発言は聞き捨てなりません。そんな口調で反論したのはフリーダだ。
「バカを言いたまえ、その時私は接客中だったのだぞ。トラブル発生の報告を受けたからといって、すぐに現場に思っているのかね」顔を真っ赤にして、ラッシャーが反論する。

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