ベイビーからアダルトにステップアップしました #11

#11 後は心の準備とか

「ピンポーン」
午後7時前、玄関の呼び鈴が鳴った。
どうやら、あいつは無事に着いたようだ。
ワタシは喜色満面の表情で、玄関のドアを開ける。
そこには、4年間ずっとワタシを支え続けてくれたヤツが、嬉しそうな顔をしている。
「なっちゃん久しぶり! 会いたかったよ」
「うん。私もだよ」
ワタシはそういうなり、思い切り抱きしめた
……というのは正確ではない。
実際は抱きしめるふりをして、ワタシはこの一年間で成長した乳房を、思い切り彼に押しつけた。
さすがに彼もびっくりした表情を見せたものの、その直後に
「あははははー 本物だー!」
と、私の行為を見事にスルーしてきた。
オイ、私は覚悟を決めて君に抱きつき、ご自慢のものを押しつけてきたのだぞ。
普通だったら
「なっちゃんの胸大きい」だの「おっぱい柔らかいね」くらいはいってもいいだろう。
それが1年ぶりに再会し、二人っきりの夜を過ごそうという相手に対して発する言葉か?
しかし、このテニス馬鹿にいちいちブチ切れてもしょうがない。
「うんうん なんか感動……」
こちらも調子を合わせ
「ねぇ早く入って ご飯作っておいたから!」
と、強引にヤツを家の中に引っ張り込む。
「うわぁ……うれしいな! 準備しているってそういうことだったのかー」
コイツは、相変わらずノーテンキなことをいっている。
うれしさと懐かしさ、そして早くヤりたいという気持ちが入り交じり、顔が真っ赤になりながらも、ワタシはなんとか理性を保ち、いかにもあなたを待っていたのよといった表情で
「あとは心の準備とかね」
といってやった。
すると、このテニス馬鹿は
「えっ!!」
と大声を出して絶句した。
ちょっと、アンタはこの家に何しに来たんだ?
一緒にご飯を食べ、テニス談義をして、自分の部屋でぐっすり眠るだけか?
そのほかに、何か起こると想定していないのか?
アンタが食べるのは、ワタシの手料理だけではない
……ワタシも、だよ。
どうやら彼は、ここでホームパーティーをするものだと思っていたらしく、家族に挨拶したいと言ってきた。
「エーちゃんが来るといったら、ご主人が『じゃあ彼が滞在中は、ボクたちは外に出ているよ。二人きりの素敵な時間を過ごしなさい』っていってくれたの」
とワタシが返事したら、彼は残念という表情を浮かべた。
残念なのはアンタだよ。
これから彼氏が来るというオンナのお楽しみをジャマしようという、無粋な人間がどこにいるものか。特定の異性を「恋人」と呼ぶ=セックスしているというのがこちらの常識だというのを、ヤツはわかっていないようだ。
「こんなに沢山のご馳走、なっちゃんが作ってくれたの? ありがとう!」
リビングのテーブル上におかれた料理を見て、彼は無邪気に言った。
「私はご飯を炊いて、味噌汁を作ってサラダにドレッシングをかけただけで、他の料理はホームステイしている家族が作ってくれたんだ。カレーに入っている野菜の一部は私が切ったんだけど、普段包丁なんかほどんど使わないから、なかなかうまくいかなくて」
本当に大変だったんだよこの野郎と、ワタシは心の中でふつふつとわき上がる感情を押し殺しながらも、無理矢理笑顔を作る。
「でもまあ、話したいことは沢山あるから、さっさと食べようよ」
というと
「そうだね。料理があっつあつのうちに食べるね」
そうだね。君が来る時間にあわせて準備したから、料理があっつあつなのは当然でしょ?
できればワタシの心も「あっつあつ」のうちに、ワタシも食べて欲しいものだが。

2時間後。
彼はデザートを含め、出された料理を完食した。
むしゃむしゃと料理をおいしそうに頬張りながら、彼はこれまでのことを語る彼。
ワタシはそんなあいつの話に、テキトーに相づちを打ち、作り笑顔で応じる。
いろんな事を話し合ったはずなのに、今となってはその時どんな会話をしていたのか、ほとんど覚えていない。
最後の方はいい加減にして、と思ったけど、彼が嬉しそうに話していたので、気を悪くしてはいけないと思って我慢した。
彼の話に付き合っていると、時計の針は9時45分を指していた。
彼も夜遅いと思ったのだろう。
「準備はなっちゃんがしたから、後片付けは僕がやるね」
といいだし、使い終わった食器を洗剤で軽く汚れを落とし、食器洗浄機にセットする。
待て。
アンタは、食器洗浄機の使い方を知らないだろうが。
すると彼はワタシに
「使い方を教えて」
と言いたげに、視線を向けてきた。
もういい。
我慢の限界だ。
するとヤツはワタシの表情に怖じ気づいたのか、顔をワタシとは反対方向に向けた。
いい加減、ワタシの気持ちに気づけ。
こうなったら、実力行使あるのみ。
そう判断したワタシは、2つの果実をあいつの背中に押しつけた。
最初は弱く、そしてやや強く。
興奮のせいか、吐き出す息が荒くなるのがわかる。これにはこの唐変木もさすがに気がついたようで、ワタシに視線を向けると
「なななな?……なっちゃん!?」
と、困惑した表情を浮かべた。
彼の顔を見て、ワタシはハッとした。どうやら、無意識に彼を睨んでいたようだ。
照れ隠しの気持ちをこめて、ワタシは両腕を彼の背中に回し、やさしくキスをした。
彼も両腕をワタシの背中に回し、自分の唇をワタシから話した後、改めてキスをしてきた。そのキスからは、彼の熱い思いが伝わってきた。
二度目のキスからワタシがエーちゃんに話しかけるまでの時間が、とても長く感じた。ワタシは彼の目を見つめながら
「後の片付けは私がやるから、エーちゃんは先にシャワーを浴びていいよ」
シャワールームの場所を教えると、彼はすぐにきびすを返してそこに向かう。一瞬の隙を突いて、ワタシは彼の耳元で囁く。
「ねえ、エーちゃん……あとで、エーちゃんが泊まる部屋に来てもいいかな?確かめておきたいことがあるんだけどな……ダメ?」
彼はすぐさま
「いいよ」
と返してきた。
彼の後ろ姿を見ながら、ワタシの言いたいことが伝わったのかな……と不安に思っていたが、まさかここまで来たら、鈍感なあいつでもワタシの気持ちを察するだろうと思い直し、汚れ物を片付けた。
洗い物が終わると歯を磨き、シャワールームに入る。
入念に髪と身体を洗いシャワーを浴び、バスタオルで全身を拭く。
微香性の香水を身体にかけると、ワタシは別のバスタオルを、素肌の上に纏った。
そして足音をたてないようにそっと階段を上り、彼の部屋の前に立つ。
いよいよこの瞬間がやってくるのだと思うと、心臓がバクバクする。
心なしか、身体が熱い。顔も真っ赤になっているみたい。
それでも、彼はいつでもワタシを迎えられるように準備しているのだと淡い期待を抱きつつ、コンコンとドアをノックする。
ところが彼はドアを開けるどころか、部屋の中から
「なっちゃん、入っていいよ」
と呼びかけてきたではないか。
オイ、こちらは覚悟を決めて異性の部屋に立っているというのに、その対応はなんだ?
頭に血がのぼったワタシは、強くドアをノックした。
それでもヤツは部屋からワタシの名前を呼ぶだけで、一歩も動こうとしない。
ワタシは心が
「ボキッ」
と折れ、その場に呆然と立ち尽くした。

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