えん、とも読むし。
えにし、とも読む。
そこに深い意味は無くて、もともと本来の縁もそこまで深いものは無いのだろうと思う。


去年5月に長かった恋愛に幕を閉じた後、9月ごろに気になる人ができた。

失恋直後だった私は、初めて会った時確かに感じた縁を「まだ恋愛はしたくないかな」と言う言葉だけで遮ってしまった。

10月.11月と去り行く日々の中で、その人と過ごす時間がかけがえのないものになっていた。

会うたびに心の中にある一刻と芽生えている感情に蓋をしたままその人と会うのは後悔を呼び寄せて、お酒を借りて甘えたりもしていた。

12月、なんだか違和感を覚え始めた。
返信速度が明らかに遅くなったのだ。
会える?との誘いはあるものの、なんだか上の空な彼が私の胸をかき乱していた。

1月、初詣の約束をしていたが彼が体調を悪くしてしまったために、少し遅くなってから会うことができた。
それなりに楽しく、いつも通りで、でもやっぱり「この縁はそう長くないな」と思った。

そう思えたのは、私がたくさんの失恋を繰り返してきたからだと思う。


私が頑張っている時、その縁は切れる。

例えば、もう切れそうな縁にしがみついたり、プレゼントを渡しはじめたころ。

最初は皆私より頑張ってくれる。けれど私が頑張り始めた時は、その縁が切れるタイミングなのだ。

他力本願というわけではないが、長年の経験がそう言うからそうなんだと思う。


もう切れるだろうなというその人に、最後に告白してよいものだろうか。
きっと、いい未来は想像できない。

でも、しない後悔よりする後悔。

人間はいつも縁に助けられている。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?