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八月のある朝に——日記のような小説のような

 何年ぶりかも知れない真夏の早朝の涼しさのなか、公園の前を通りかかると、真ん中にある円形のベンチに腰かけた二人の老人が、まわりに大量の鳩を集めて餌をやっていた。いつもなら眠りがようやく深まるはずのその時間に、ぼくは終電を逃した友人を駅に送っていくところだった。子どものボール遊びか、カップルのフリスビーか、ストイックにダンスを練習する若者か——日が昇って間もない公園にいるのは、そうしたいつもの人たちではないのだった。ベンチの背後には柳の木が一本ひょろりとたっていて、うっすらとし

    • 俳句で味はふホタルイカ

       富山方言で「まついか」と呼ばれ、滑川(なめりかわ)では1585年にすでに漁獲されていた記録が残るホタルイカがこの名を与えられたのは、1905年(明治38年)渡瀬庄三郎博士によってであり、東京大学教授だったこの学者の名前は学名Watacenia sintillansとなって記憶されている。ホタルイカによく似た小型のイカにホタルイカモドキがいるが、両者はともにツツイカ目ホタルイカモドキ科に属し、どういうわけか科名は偽者の方に即して付けられている。  産地として富山県が圧倒的に

      • 魚にはまっている—祖母のこと

         魚にはまっている。異常なほど魚にはまっている。近所のスーパ二軒の鮮魚コーナーを日々チェックし、知らない魚がいれば即座に調べ、旬や分類や主な調理法を暗記し、大抵一匹は購入し、持ち帰ってせっせと捌いている。深夜には魚のさばき方動画や調理動画を見て、翌日以降スーパーにどんな魚が現れても反応できるように知識を蓄えている。  最初に丸で買ったのは今年の十月十二日で(この文章を書き始めたのは二〇二〇年末、そこから時間をおいて後半を書き継いだため本来なら「昨年」とすべきだが、当時の魚へ

        • 好きなこと——浸透圧とその前身

           思い返してみると、小さい頃から——といっても多分中学か小学校高学年くらいからだが——目で見てわからないほどゆっくりと進行していく物理現象が好きだった。  最初に好きになったのは、水の流れによって生じる砂の浸食・堆積作用だった。おそらく理科の授業で習ったのだと思うのだが、河川の曲線部では外側が遠心力で大きく削られて深くなり逆に内側は砂が溜まるので浅くなるのだとか、さらにその外側には流れの力が及ばず運搬されない砂礫が残って堤防ができるのだとか、そういう現象になぜか惹かれるとこ

        八月のある朝に——日記のような小説のような