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大人こそ、夢を言葉にした方がいいと思うんだ

もういい年をして、夢の話をするのは、気恥ずかしい。
気恥ずかしいだけでなく、ちょっと怖い。
なんだ、あの人、まだそんな甘っちょろいこと言っているんだ、とか、現実が分かっていないよね、とか、考えが浅いね、とか、自分の実力が分かっていないよね、とか、・・・なんか、色々思われるんじゃないかと、ぐちゃぐちゃ考えてしまう。
別に、色々思う人がいたって、私が、直接的に困ることはない。
何も気にする必要なんてないのだけれど。

そう言えば、先日学んだ講座でも

自分の願うものの話をすることは、自分たちを脆弱で無防備にする

と言う言葉を聴き、心の内を言い当てられたようで、ぎゅっと響いた。自分の夢を語ることは、自分の心を無防備でさらけ出すようで、怖い。

1.夢は持ってもいいし持たなくてもいい

まだ就業する前の人は、夢は、持ってもいいし、持たなくてもいいと思っているのが、私の考え。

ただ、「子どものうちに、将来の夢を持つことはいいことだ」という考え方を当たり前のように見聞きするので、その当たり前に抗うために、わざと「夢なんて持たなくていい」と言っている

夢は、持ってもいいし、持たなくてもいい。

2.夢を言葉にできる子どもに伝えたいこと

子どものうちに持つ「大人になったら〇〇がしたい」という夢にとって大切なのは、「何になりたいのか」よりも、「どうしてその仕事をしたいのか」だと考えている。

だから、夢を言葉にできる子どもに対しては、どうして〇〇がしたいのか、明確に言葉にしておくといいよね、と声をかけている。〈どうしたらもっとおいしくなるか工夫したり、あれこれ考えて作ることが好きだからお菓子屋さんになりたい〉〈見てくれた人に喜んでもらいたいからサッカー選手になりたい〉という風に。

将来就きたい職業名は、自分がどんな価値観や喜びを持って仕事をしたいか、イメージしやすくするための、事例や象徴に過ぎない。変わってもいい。変わることの方が多いかもしれない。でも、どんな風に仕事をしたいだろうかと考えて、そこに向けて努力したことは、間違いなく自分にとっての財産になる。思い描いた通りの職業に、就いたか、就かなかったかは関係なく、自分を支えてくれる柱になる。

3.夢を言葉で語らない子どもに伝えたいこと

夢を言葉で語ろうとしない子どもがいる。年齢が上がるごとに、語ろうとしない子どもの割合は増える。きっと、語ろうとしないだけで、それぞれの年齢や立場や視野の中で、それぞれ将来について考えているのだろう。

子どもたちと話していて感じるのは、年齢が上がり、知っている世界が広がり、これからのことを真面目に考えようとすると、案外自分の知っている職業の中に、しっくりするものが見つからないんだな、ということ。知っている職業も、仕事についての知識も限られた中では、自分が「これ」と思う職業が思い当たらないのも当然。

それでいいと思うのだ。

自分の知っている職業には、しっくりくるものがない、という想いがあるからこそ、自分の興味のあることや得意なことを大事にして、仕事の在り方や、働き方を選ぼうとするんじゃないか。何より、その過程で、自分なりにあれこれ考えたり、模索したり、悩んだりする経験こそが、将来を考えることそのものだと思う。大人になる前に、自分と向き合い、悩んできた経験は、心を強くする。そして、悩み迷いながら自分選び取った、という過程が、仕事で壁にぶつかった時の心の拠り所になる。

だいたい、社会に出て最初に就いた仕事を一生涯続けることが少なくなっている現代、大人の入り口でどんな職業に就くかは、あまり大したことじゃないかもしれない。

4.大人こそ夢を語った方がいいと思う

ところで、子どもの頃は、あんなに、「大きくなったら何になるの?」って聞かれたのに、大人になると誰も聞いてはくれない。働く人、という立場になった大人は、〈夢を見る人〉から、〈現実の仕事をこなす人〉というカテゴリーに自動的に移動するらしい。

でも、本当に「叶えたいこと」は、むしろ大人になってから始まるのに。

遠く思い描く夢として「叶えたいこと」があるのではなく、今の自分と地続きの望ましい未来として、「叶えたいこと」を存在させることができるのに。

働く大人こそ夢を語った方がいいんじゃないか。

子どもの頃に思い描いた「夢」のような、ふわふわしてキラキラして虹色じゃないかもしれないけれど、目指すことが自分の張り合いになること。そういう「夢」を、もっともっと語った方がいいんじゃないか。

最初に就いた仕事を生涯ずっと続ける、という働き方が主流だった時代は、「大人になったら何になりたい?」という問いは、就業に向けたものだったかもしれない。

でも、その頃も、就職した瞬間に、将来を夢見ることが終わったはずはないと思う。最初に就職した会社で働き続けているように見えても、会社の中で果たしたいことを見つけたり、社内で何かに挑んだりしながら、きっとその中で、「現実的な夢」を日々更新して仕事に向き合っていたんだと思う。表立って言葉にしなかっただけで。

働き方が変わった今、その現実的な夢を、もっともっと意識した方がいい。そして、言葉にした方がいいと思うのだ。夢を言葉にして、人に見せることで、近しい夢を持つ人や、夢のための材料を持っている人に出会えるかもしれないのだから。

最初に書いたように、もういい年をして、夢の話をするのは、気恥ずかしい。何か言われるんじゃないかという怖さもある。でも、仕事をする上での所属や、働き方や、目指すことの自由度と流動性が高くなったってことは、大人になっても夢を語ることが当たり前になったってことじゃないのかな。

世の中にどんな仕事があるのかをまだ知らない立場の若い人たちではなく、自分の身体を動かして仕事をした先の「叶えたいこと」を持つ大人たちこそ、もっともっと夢を意識したらいいと思う。少しばかりはにかみながらも、堂々と、自分の夢を言葉にしよう。

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