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vol.4 御守り

その方とは、大型百貨店に出店できるようになって2回目の展示会で出会った。
お客様は宝飾ケースの角ばった部分をそっと触りながらケースの流れに沿って歩いて来た。紫色のレンズの眼鏡をかけており、手には白杖を持っている。
どうやら視力が悪いようだ。人の気配を感じたのか、私の目の前で静かに立ち止まった。

「いらっしゃいませ」

笑顔で声を掛けたが、お客様はピクリとも動かない。声が届いていないと感じた私は、ケース越しにお客様の斜め前に立った。
その時、お客様の胸元でユラユラと揺れている大きめのフクロウのペンダントが目に入った。

ん?

どこかで見たことのあるデザインだ。
私は記憶を探った。

あっ!!

そのペンダントは、自社で取り扱っている作家の作品だった。
初めて会うお客様が自社商品を着けていることに感激した私は、

「お客様、素敵なペンダントをお着けですね。そちらのペンダントは、◯◯と言う作家が作った作品ではありませんか?」

と更に話し掛けた。
が、全く反応がない。
誰に声を掛けているのかわからないのだ。私は、ケースの角に引っ掛けているお客様の指にそっと触れ、

「いらっしゃいませ」

と、もう一度挨拶をした。
お客様は、やっとこちらを向いてくれた。そして、先程と同じ問いかけを繰り返した。
すると、

「このフクロウちゃん?確かそんなことを言っていたような気がしますが、もう5年も前のことだからどうだったかしら…」

と、第一声を放ってくれた。
ふくよかで色白。上品な佇まいのお客様は、話し方も見た目そのままだった。

私が入社する前、もともと卸がメインだった会社は、たまに同業に誘われて展示会に出展していることもあったようだ。
恐らく、その頃にお買い上げ頂いたものだろう…私は、お客様に出展に至るまでのことの成り行きを説明して、自社商品を着けてくれているお礼を言った。
そして、着けているペンダントを例に、その先生の作品がいかに素晴らしいかを語った。お客様は静かに話しを聞いてくれ、

「そんなデザインだったんですか…私、あまり良く見えてなくて、フクロウのペンダントが欲しくて買ったんですけど、そんなに素敵なデザインなら尚、買って良かったわ」

そう言って、ペンダントを触った。

デザインは見えていなかったんだ…

ハッとした私は、ペラペラと喋る自分の口を手で塞いだ。
共感を得る為に、お客様も既に実感しているであろうと思われることを当然のように話していたことに、その言葉で気がついたのだ。私はペンダントを触っているお客様の手をそっと握り、

「もう一度、きちんとデザインをご説明しても宜しいですか?」

と、言った。
お客様は少し驚いたような表情を見せたが、私はそのまま指先を沿わせるようにペンダントのデザインを細かく説明した。

「ここがフクロウの耳です。先生は、フクロウの中でもミミズクを好まれるので、作品には全て耳が付いています。そして、これが目の部分です。目の玉にはルビーが入っていて目の玉を囲むように周りにはダイヤモンドがあしらわれています。そしてここが先程お話したお腹の部分。このチラチラと揺れている部分にも全てルビーが入っています。このデコボコの部分は羽根をイメージして地金を敢えてデコボコにしてあります。そして、その地金を艶消しにしてあるんです。このデコボコの中でルビーがチラチラと動くのが、羽が風に吹かれて揺れているように見えるんです。そして、最後にここが足です。ちゃんと爪まであるんですよ。細やかな部分まで本物のようにきちんと作られているんです。素敵ですよね〜」

幼い頃、盲目の祖母の杖代わりをしていた私は、物を言葉で表現することは日常だった。
話し終えた私は、得意気にお客様の顔を覗き込んだ。

「ミミズクだと言うこと、ルビーが入っていることはその時の販売員さんが丁寧に教えてくださったから知っていましたが、そんなに素敵なデザインだったんですか…なんだか嬉しくなっちゃうわ」

と、お客様。
褒められた気になった私は調子に乗り、更に話しを続けた。

「お客様、しかも凄いのが、この大きさのフクロウは中々お作りしていないんです。お客様は、とても雰囲気がおありでいらっしゃるので、ある程度の大きさがないと着けた時に映えないと思われます。要は、お客様の雰囲気にジュエリーが負けてしまうんですね。なので、このフクロウのペンダントは、お客様の優雅さにぴったりで本当に良くお似合いになられていらっしゃいます」

すると、お客様は嬉しそうにこう言った。

「実はこれブローチなんです。私が御守りにしたいのでペンダントを探していると言ったら、販売員さんがチェーンを通してペンダントにしてくださると仰って…頭から被れる流さのチェーンの方が便利だろうからって、立派なチェーンを付けてくださったんです」

〝さすが製造会社だ〟などと自社のスタッフの的確な提案を誇らしく思って聞いていると、続けて、

「最近、このチェーンのこの辺りがチクチクと何かが引っかかっているようなんです。チラシで宝石の展示会と一緒に修理屋さんが出ると書いてあったので今日、来てみたんです」

と、来店した理由を話してくれた。

えぇ?

その時、宝石メーカーは数店出展しており、修理の会社は別のブースに店を構えていた。チェーンの修理をしに来たお客様が、このケースで立ち止まるとは…
引き寄せられたような巡り合わせを思うと、一種の感動さえ覚えた。

「そうだったんですか…偶然にもうちに尋ねて頂けて良かったです。それなら私どもの商品ですから、こちらでお預かりさせて頂きます。ちょっとお外しさせて頂きますね」

そう言って、お客様の首からペンダントを外した。

選んでもらったと言われたチェーンを改めて見ると、自社のスタッフの見事な仕事振りを讃えたくなった。
お客様の着けていたチェーンは、3本のチェーンが綱のように編んである丈夫なデザインだった。
お客様へペンダントを提案するならば、よほど丈夫なデザインのチェーンでない限り、気付かずに落としてしまう可能性がある。それ故に、チェーンの構造、強度を知り尽くしていないと安易に提案出来ないと思ったのだ。
〝誰が担当したんだろう?〟
そう気になるくらい、精選されたセンスの良いチェーンだった。

お客様の言う引っかかりの部分を確認してみると、3本のうちの1本が切れていた。
私は、その旨をお客様に説明した。

「チェーンをお修理するのに、チェーンだけお預かりすることも出来ますがいかがなさいますか?」

御守りだと聞いて、持ち帰りたいのでは?と思い尋ねると、

「フクロウちゃんは、私の御守りだから外すのは寂しいけれど、チェーンを付けたり外したりするのは大変だから一緒に預かっていただけますか?」

そう言われ、フクロウのブローチと共に預かることとなった。
商品を預かる手続きが終わった後、

「お客様?今後、もしフクロウのペンダントで何かお困り事があった場合、私どもに相談頂きたいので、私どもが出店する際にご案内するように致しましょうか?」

と、お客様に尋ねた。
今回は偶然にも私達と出会うことが出来たが、毎回、そんな出会いがあるとは限らない。お客様の場合、色々な人に聞いて歩くのも一苦労だろう。
自社製品のメンテナンスは当たり前だと思っていた私は、ダイレクトメールの案内を出す提案を持ちかけた。お客様は紛れもなく自社の製品を愛用してくれている顧客様なのだから、その権利があると思ったからだ。

「よろしいんですか?広告でしたら、拡大鏡を使えば何とか見えるんです。そうしていただけますと安心ですので助かります」

と、提案を喜んで受け入れてくれた。
結局その日、話しは大いに盛り上がったが、薦める商品が思い浮かばず、個人情報を獲得しただけとなってしまい、商売に結びつけることは出来なかった。
正直、デザインも見えていない、フクロウのペンダントを御守りだと言ったお客様に、何を薦めれば良いのか皆目見当がつかなかったのだ。
手続きをしていたガラスケースの下には、同じ作家が作った作品が並んでいた。その中に、お客様のペンダントよりもふた周り小さい金色のフクロウのブローチが展示してあった。
私は一旦、そのブローチをケースから出して手に取った。が、小さなブローチを握りしめたまま、その手はそのまま動かなかった。

それから数週間後
以前、天然石の卸を担当していた退職した女性スタッフが会社に遊びに来ていた。
彼女が在職中に百貨店の販売スタッフとして駆り出されていたことを知っていた私は、

「◯◯さん、◯◯百貨店って入ったことありますか?」

と、寛いでいる彼女にそう尋ねた。

「あ、ありますよー。でも、一回だけです。あの時、全く売れなくて、目の悪いおばあちゃんがフクロウのペンダント探してて、ちょうどぴったりのブローチがあって救われたの。凄いのが、それしか売れなかったって言う、嫌な想い出…」

嘘でしょ…⁇

偶然とは重なるもので、私が聞きたかったことを彼女は何のヒントもなく一発目に話し出したのだ。
お客様のことを〝目の悪いおばあちゃん〟と発言したことが癇に障ったが、現在、自社で働いているスタッフでもないのに指摘する訳にもいかない。
私は、

「実は今、その百貨店でお仕事させてもらってて、先日、そのフクロウのお客様とお会いしたんです。もしかして、◯◯さんが販売担当されました?」

と、気になっていたことを尋ねた。

「そう、私、私。フクロウ、フクロウって言うもんだからブローチを見せたら、御守りにしたいからペンダントが良いって言うんで、チェーンを取り寄せて付けたの。目が悪いから、被れた方が良いだろうから60cmにしたはず。もう、私達にとってはフクロウのおばあちゃんが福の神だったわよ」

お客様の話し振りと提案したチェーンから、恐らく彼女が担当したのではないかと思っていた私は、その予想が的中し胸がスッキリした。

「やっぱり、◯◯さんが販売してたんですね。そうかなぁと思ったんです。いやぁ、チェーンを見た時に感激しましたよ。あのお客様へは余程、商品知識がないと商品提案出来ないですもん」

売り場で感動したことを伝えると、彼女は嬉しそうに昔話を饒舌に語り出した。
一年くらい一緒に仕事をさせてもらっていたが、彼女の話しの長さを体感していた私は、時間が経つに連れだんだんと辟易してきた。
話し掛けておいて何だが、失礼ながらそれ以上の話しに興味はなかったのだ。

捕まった…

そう思いながらお尻をモジモジさせ、話しの区切りがつくのを待っていた。
すると、突然、

「あ、そう言えば、フクロウのおばあちゃん、糖尿病の何とかって言う病気になって目が見えなくなってきてるって言ってた。だから、御守りが欲しくてフクロウを買いに来たって言ってたんだよねー。今まで見えてたもんが、見えなくなるんだから不安だったんだろうね。だから、ルビーが入ってるから余計に良かったねって言ったのよ。ルビーは、女性の身を守る石なんだよって教えてあげたら、とっても喜んでたわ」

と、思い出したように教えてくれた。
彼女は天然石が主な仕事だったので、石のパワー話しが得意だった。
お客様が、ルビーに反応していた理由がそこで理解出来た私。さっきまで一刻も早く腰を上げたかった気持ちは何処へやら、貴重な情報に人の話しは最後まで聴くもんだなどと急に思い直していた。
すると、そこへスタッフが一人戻ってきた。私は仕事に託つけ彼女にお礼を言い、その場からいそいそと立ち去った。
彼女ほどの商品知識とセンス、そして応対能力があれば、フクロウのペンダントのお客様以外にもきっと販売出来たはずだ。
欲しい物を探している客を待つ、所謂、待ち営業と、物を提案する攻める営業とでは、結果が全く違ってくるのだと昔話から学んだ一幕だった。

その次の出店時
お客様は、預かっていた商品を取りに来た。私はお客様の手を取り、チェーンを一周指先で触ってもらい、引っかかりのないことを確かめてもらった上でペンダントを首に着けた。着けた後に、付いていることを確かめてもらう為、もう一度お客様の手を取ってフクロウのペンダントを触ってもらった。
すると、お客様。

「ありがとうございました。フクロウちゃんが戻ってきてなんだか安心したわ。御守りとして何年も毎日着けていたから、ないのに胸元を触ってしまったりして…本当に良かった。ありがとうございます」

と、ペンダントを触ってもらう為に添えていた私の手を握りお礼を言った。
自分で触るのはどうってことはないのだが、人から触られるのが苦手な私。
急に手を握られ驚いたが、膨よかなお客様の手は、しっとりとしていてマシュマロのように柔らかく気持ち良かった。
私はお客様の手を握り返し、

「なんて気持ちの良い肌触り!マシュマロみたいですね」

と、言った。
それを聞いたお客様は、

「まぁ…」

と、言ってクスクスと笑った。
そこで初めて、お客様の笑顔を見ることが出来たのだった。

そんな中、頭の中ではお客様が宝石に興味があるのか否かを知る為、どう切り出そうかを考えていた。お客様は視力が悪くデザインが見えていない。宝石を身に着けるのかどうかが疑問だった。ダイレクトメールを送るようにしたものの、フクロウのペンダントを御守りにしていて、それ以外の宝石を身につけないとなれば、前回のようにお客様の応対に時間をかけることが出来ないのが現実だ。

私は、勇気を出して聞いてみることにした。

「◯◯様、フクロウのペンダントは御守りだとお聴きしましたが、◯◯様に良く似合っていらっしゃるので、お洒落で楽しんでいらっしゃるように私には見えます。他のペンダントは着けたりはされないんですか?」

そう言うと、

「まだ、見えていた頃には宝石が好きで色々着けてたんですけど、見えなくなってからはこのペンダントしか着けなくなりましたね。これを着けたからと言って見える訳でもないのに…気休めよね」

と、お客様。
どう見てもお洒落で、経済的にも豊かさが滲み出ているお客様。宝石を持っていない訳でもなさそうだ。

「指輪は、お着けにはなられないんですか?」

更に尋ねた私に、

「この指よ…見て…サイズがないの。それに、歳を取って関節が痛くなって指が変形してきたの。だから、昔の指輪も全部入らなくなったのよ」

お客様はケース上に指を出し、悲しげな表情でそう言った。私は、綺麗に広げられた10本の指を見て、その表情に納得した。
お客様の指のサイズは、左の薬指を見ても23号くらいに見える。男性の親指よりも大きなサイズだ。
しかも、お客様の言う通り、指の関節が腫れ、節がかなり膨らんでいた。
私は、〝痛い〟と言った言葉に反応し、

「先程、指を触った時、痛くなかったですか?私、全く気が付かなくて、先日もお指を触りましたよね。申し訳ありません。痛くなかったですか?」

と心配して尋ねた。
すると、

「ほとんど変形してしまっているからもう殆ど痛みはないんです。だから大丈夫。
全く痛くありませんでしたよ。本当にこの度は、親切にありがとうございました」

お客様は突然、一仕事終えたように話しを終わらせ歩き出そうとした。
どうにか商売に結びつけようと会話を運んでいたつもりの私は、肩透かしにあったような気持ちになった。
が、良く考えると、二人の会話は成立しており、お客様は用事が済んだから帰ろうとしたのだった。
見えないと言うことは、目の前の相手の表情を読み解くことが出来ない。相手が何か伝えたそうだと感じ、待ってくれることはないのだ。こちらから相手に伝わる明確な言葉や行動がない限り、話しは終わったと思われて当然だった。
けれどもその時の私は、立ち去ろうとするお客様を引き留める術を持ち合わせていない。

「ありがとうございました。お気をつけてお帰りください」

ゆっくりと歩いて行くお客様の背中に向け、慌てて声をかけるのが精一杯だった。

お客様が宝石に興味があったのに、何も聞けなかった…
この先、あの丈夫なチェーンは何かに引っ掛けたりしない限り、そう簡単に切れることもないでしょう?
ペンダントを御守りだと言って大事そうに毎日着け、指の変形を理由に指輪を着けない。そしたら、いくらダイレクトメールが届いたとしても、また来ることないじゃん。
結局、偶然の出会いがもたらしたチャンスを、無駄にしてしまっただけじゃん…
何が〝お気をつけてお帰りください〟よ。
こんなんじゃ、待ち営業と何にも変わらないじゃん。
あ〜あ、何やってんだろ。
結局、人のこと言えないよね…

お客様を見送りながら、そんなことが頭の中を駆け巡り、全くアプローチ出来なかった自分を振り返りながら唇を噛んだ。



しかし…
この予想は大きくハズれることとなる。
お客様は、次の展示会から毎回、通うように来店されたのだ。


その日、他所のメーカーの販売スタッフに付き添われ、来店されたお客様。
その姿が目に入った私は心が踊った。

「これ、ここで良いんですよね?」

販売スタッフが手にしているのは、会社が出したダイレクトメールだった。

「あ、ありがとうございます」

案内をしてくれたスタッフにお礼を言い、隣にひっそりと立っているお客様へ声をかけた。

「◯◯様、先日はありがとうございました!お修理後のペンダントは問題ありませんか?」

すると、お客様。
私の声を覚えてくれていたのか、

「あら、貴方。先日は、ありがとうございました。おかげさまでこのとおり」

と、指でペンダントを触った。

「本日は、ご来店ありがとうございます」

来店のお礼を言い、粗品がどのようなものなのかを説明しながら、お客様の指に少し触れるようにして粗品を渡した。

「ありがとうございます。厚かましくいただきに来ちゃってすみません」

そう言ったお客様は、粗品を受け取ると同時にその場から離れようと歩きした。

あ、あれ⁇
ちょ、ちょいとお待ちくださ〜い!

と、言いたくなったが、お客様にはこちらの様子は見えていない。私は去りゆく恋人を追い求めるような姿勢で静止していた。

またやってしまった…

びっくりするほど呆気なくチャンスを棒に振った私。全身に突き刺さる、周りのスタッフの視線が痛い…

そうして、立ち去るお客様の背中を見つめながら、私は三度目の失敗にうなだれたのだった。


〜続く〜














百貨店を舞台に、出逢えたお客様に販売を通して教えてもらった数々の〝気づき〟による自身の成長記録と、歳を重ねた方々の生き方を綴っています。出会った順で更新していますので、私自身が少しずつ成長していく変化を楽しみながら百貨店の魅力も感じて頂けたら幸いです。 日曜日に更新します!