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【たべもの九十九・よ】夜鳴きそば〜体験を食べる

(料理研究家でエッセイストの高山なおみさんのご本『たべもの九十九』に倣って、食べ物の思い出をあいうえお順に綴っています)

私の友人にラーメンをこよなく愛する人がいて、ラーメンを語らせると止まらない。「麺部」を名乗り、部活動と称してラーメンを食べに行く。その友人の年賀状はその年に食べたラーメンの画像が一面に並べられていて壮観である。私もラーメンは好きであるが、醤油、味噌、塩、豚骨の違いがわかるだけで、それ以上のこだわりとなると専門家にお任せしたい。
けれど、ラーメンに詳しい人とラーメン店に一緒に食べに行き、食べ方やうんちくを聞くのは楽しい。

麺部の友人はお酒を飲まないので、あるお祝い事があった時にお酒の代わりにラーメンで乾杯しようという話になり、ある時東京の老舗ラーメン店のひとつ永福町大勝軒に出向いた。午後3時という時間だったにも関わらず入店するのに20分ほど並んだ。

永福町大勝軒が繁盛しているのは、味が美味しいのもさることながら、普通盛が麺二玉というボリュームではないだろうか。ちなみにこの時注文して食べたのは麺部部長お薦めのチャーシューメンの麺少なめ。

永福町大勝軒のチャーシューメン

麺少なめと言っても、一般的なラーメン店の1.5倍はあた。夜になっても空腹にはならず夕食を抜いた。実に食べがいのあるラーメンだった。

子供の頃から、思い出の風景の中にはよくラーメンが登場する。安くて体も温まってお腹もいっぱいになるからだろうか。父がラーメン好きだったからだろうか(と、いうか、父はラーメンもうどんもそばも好きという食いしん坊であり、その血を色濃く受け継いでいるのが私である)、家族でもよく食べに行った。

その記憶の中で一度だけ夜鳴きそばを食べたことがある。夜鳴きそばのそばは中華そばだ。

食べたのは自宅でではない。誰かの家だった。どこかの地方の親の知り合いの家に家族みんなで泊まった時のことだと思う。うちの近くには夜鳴きそばが来ることはなかったから、屋台のラーメン屋さんが夜にチャルメラを鳴らしてそばを売るのを見たのはそれが初めてだ。

屋台のラーメン屋さん ネットから引用

父にとっても夜鳴きそばは初体験だったのかもしれない。夕食はとうに済ませ、大人たちは残ったつまみで酒を飲んでいた。その最中にチャルメラの音を聞き、父は色めきだった。その家の主人にラーメンの器を出させ、窓を開けて夜鳴きそばを呼び止め、2杯の中華そばを買ったのである。

私ももの珍しさでワクワクした。
初めて見る動くラーメン屋さんは、小さな屋台の中に鍋があって、麺やらなるとやらねぎやら置いてあって、箸や器もある。夜鳴きそばのおじさんは手際よく麺を茹で、器にタレを入れて湯気の立つスープを入れてそこに麺を滑らせ、チャーシューとメンマとなるととネギをのせて父に渡した。

父はとても大切なもののようにラーメンを受け取り、私には小さな茶碗に取り分けて食べさせてくれた。もうお腹は満たされていたが、そのそばはスルッとお腹の中に滑り落ちて行った。どんな味だったか、美味しかったのかそうでもなかったのかも覚えていない。

ただ、初めての体験にワクワクしたし、お父さんがそんなふうにワクワクしてる姿を見るのもうれしかった記憶がある。

食べ物の思い出には、食べ物そのものの美味しさもあるけれど、どこでどんなふうに食べるか、食べる体験そのものが大事なことがあると思う。

例えば、縁日の綿菓子、遠足のおにぎり、林間学校のカレーライス、牧場で飲む搾りたての牛乳、海の家のかき氷、浅草仲見世の焼きたてのお煎餅、餅つきで食べるつきたてのお餅、キャンプのバーベキュー、持久走大会後に食べたりんご…

記憶を辿ると、食にまつわる体験を結構な数思い出す。大事なのだ、私にとって。

食にまつわる思い出は、大抵は楽しく幸せなものだから。振り返るとじんわり幸せな気持ちになる。

あなたはどんな「体験」を食べたことがありますか?

★★★いつも読んでくださってありがとうございます!「スキ」とか「フォロー」とか「コメント」をいただけたら励みになります!最後まで、食の思い出にお付き合いいただけましたら嬉しいです!(いんでんみえ)★★★

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