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オランダで心理専門家が考える教育と発達のこと:社会的スキル習得を日々の仕組みに取り入れる

ワーキングメモリーが弱く、一連の流れの順番や組み立てて理解が困難、また物事を忘れてしまう子ども

小学校に入ると初めて出会う様々な社会生活のルールに遭遇します。先生の話を聞く時間、話をして良い時間、集中しなければならない時間、立ち歩いてはいけない時間など、それまでとは違った決まりの中での生活が始まります。

「小学一年生の壁」という言葉を聞いたことがありますか?子供の発達の速さや度合いの違いに関わらず、どんな子供でもこの初めての集団生活のルールの壁に直面します。そして中には慣れない環境の上、言われたことを覚えておくことができなかったり、周囲を見て望ましい行動をとるということができず、なかなかうまく社会生活に適応できずに、頻繁に注意を受け、とてもストレスを溜めてしまう子供がいます。

このストレスは、たいていの場合は体を動かしたり、友達と過ごしたりしながら発散することで徐々に消えていくものです。しかし、最初の数ヶ月をこの状況不適応のために苦しむ子供達もいます。

「言葉の意味合い」と「行動」の理解の連動が苦手な子供

大人の目からは、自然と学べるだろうと思うようなことも、子供の中には「言葉の意味」と「行動」をうまく繋ぐことができなくて苦しむ子供もいるものです。海外生活では特に、現地の言語やまた英語などわからない時にこの状況に陥るものですが、子どもは自分の言語であっても言葉と意味が繋がらないことがあります。ですので言葉と感覚機能を使って意味と行動(体験)をつないであげることは、ワーキングメモリー(短期記憶)や推論が弱い子供にとても重要な支援となります。

言葉の意味と行動を繋ぐために親御さんとしてできることは、身近なところからたくさんあります。例えば、毎朝学校に行く支度がスムースにできないお子さんはたくさんいます。親は、何度もなんども起こし、起きてきたら「顔を洗って」「朝食を食べて」「歯を磨いて」「支度して」「忘れ物ないの?」と毎回毎回呪文のように繰り返し、子供の後をついて歩かなければならいないこともあるでしょう。当の子供は言われるままに動く(またはなかなか動かず)、親にとっては怒涛の朝を過ごしているかもしれません。

自分で行動を管理できる仕組み作りをしてあげる

あまりに当たり前のことのようで、どう教えるのか戸惑う親御さんもたくさんいらっしゃいます。アレヤコレヤと指示をしているうちに、自ずと子供から学んでできるようになって行く、と思っていらっしゃるとしたら、実はそうでもないのかもしれません。

大人になって当たり前にできるようなことも、小さな頃は苦労しながら覚えたことがたくさんあるものです。歯の磨き方から始まり、人との会話の進め方、整理整頓の仕方、困った時の助けの求め方などたくさんあります。もし教えてもらえていたらスムースにできるようになったのに、と後から思うこともたくさんあるものです。特に発達の問題を抱えた子ども達は、自然に学ぶのを待っていたら、その前に上手くできない自分が嫌いになったり、理解できない周囲に腹を立てたりするも事になりかねません。時間が経っても自分でうまく学びとれず、場面場面でトラブルを起こし、注意を受け、自尊心を傷つけて行く人もいます。

そのような子供が自分で家庭や社会生活をできるリズムとスキルを身につける支援をするには、子供がストレスに感じない早い段階での仕組み作りが必要です。

仕組み作りの4つの基本

子供によって十分でない社会スキルを補ってあげるのには、いくつかの基本的な方法(テクニック)があります。

1つ目は、明確な言葉や絵カードなどを用いて教示すること

2つ目は、手本を見せて学ばせること(モデリング)

3つ目は、実際にやって練習すること(ロールプレイ)

4つ目は、うまくできたり、チャレンジしたことを褒めたり、もっとうまくできるようなアドバイスをする(フィードバック)

5つ目は、学んだスキルを別の時、別の場面でも活用できるように般化することです。

基本的なやり方 (組み合わせて使います)-2

(「特別支援教育をサポートする図解よくわかるSST」ナツメ社 より引用)

1つ目の教示では、「指示言葉の意味」と「行動」を繋ぐために、言葉を添えたり、絵を用いたカードや手順表を見えるようにしてあげて、習慣化するまで使うことが役立ちます。

子供の中にはワーキングメモリーが弱く、一連の流れの順番を覚えたり、組み立てて理解したり、忘れて飛ばしてしまう子供もいます。そのような子供には、カードと音声の目と耳で情報を取り(感覚記憶)、その意味と行動とを結びつけ(短期記憶へ)、数度と繰り返し行うことで習慣化(長期記憶)できるように支援します。

手順表は記憶の想起(思い出すこと)に役立つ

例えば、朝支度が遅くいつも学校に遅れてしまいそうな子供には、朝の手順表を作成し、何をしたらいいのか迷ったりしないよう支援してあげます。

基本的なやり方 (組み合わせて使います)-2

きちんと順番を決めて、表にすることで子供も自分が何をすべきかわかります。表は、わかりやすく、上から順にしたへ、または左から順に右へ、と一貫したルールを通して作成します。上から下への方がよりわかりやすいお子さんもいます。どうすべきか戸惑う場合は、親も手本を示し、動作を見せて教えます。

手順表は、長い休みの間の日々のやることをリストや、特別な日の流れなどの把握にもアレンジができます。ここでは、リストは上から下へ(または左から右へ)順にやって行くことを習慣づけます

うまくできたことがあったら、フィードバックで「やる気」をあげる

うまくできたら、そのことをすかさず褒めてあげます。もしなかなかうまくできなくても、挑戦したことを褒めてあげることで次も頑張ろうというモチベーションに繋がります。

モチベーションの維持は行動の習得と定着には欠かせない要素です。目的は子供さんがスムースに生活や社会のスキルを学ぶことですから、できたかできないかの成果主義ではなく、やろうとする態度やできるようになった部分をどんどんと褒めてあげましょう。

もし上手くできないときは、手順表を修正したり、再度一緒にやってあげることで支援します。数回一緒にやってあげて、自分でできることが出てきたらすぐに褒める、を繰り返して好ましい行動を強化していくのです。

できた時は「自分にはできる」という自己効力感が育ち、それが元で別のことでもやればできるという「予期効果」が生まれます。

できるようになったことを、別の場面でもできるように「般化」する

学校に行く準備がある程度できるようになってきたら、違う場面でも同じように振る舞うことができるように練習します。

例えば、土曜や日曜の休日の朝でも、同じ手順で朝の身支度ができるかどうか、またおじいちゃんやおばあちゃんのお家に行ってもできるかどうかなどです。同じように手順を教示し、親が手本を見せ、一緒にやってみてフィードバックを与えていきます。よそのお家に行っても言われずに自分でできると、親以外の人から褒めてもらえるようになり自信に繋がります。

この習得が、いずれは高学年のお泊まり学習や友達の家での宿泊などに効果を表して行くのです。元々の基本手順ができることが、次々と応用した場面での「自分でできる」という感覚に繋がって行くのです。

もちろんその時その時、事前に教えたらできる子供もいますが、それがどのくらいプレッシャーやストレスになるかには個人差があります。初めての外泊で緊張して不安を感じる子供さんは、このような手順が習慣化されていないことからくる不安であることもあります。もし、これまで自分でできてきて、場所やシーンが変わってもその応用であると認識できたら、随分ストレスは軽減できるものです。

一つのルールが習得できたら別のことにも「般化」

一つの手順ができるようになることでその社会的スキルが習得できたことになりますが、中にはそれを活用して別のスキルを身ににつけることもできることがあります。

これはオランダでの教室での場面で見られることですが、「話してはいけない時間」と「自由に考えや意見を行っていい時間」を視覚的に認識するツールとして教室の中でも信号機を使っています。

「赤」は「NO(禁止)」の意味、「青」は「Go(いけるよ)」の意味を、明確に「行動」と「色の意味」をつないで教えます。

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これは普段、外での道路の渡り方や、身の守り方を教えるのと共通して、「赤は禁止」の意味を理解させていることと同じですね。

基本的なやり方 (組み合わせて使います)

そこで、教室でも「赤では話しは禁止(先生の話を聞く時間)」「青は話していいよ」の時間ということを応用させて行くのです。

世の中にある表示には、注意を促すものの多くが「赤」や「黄色」などを用いるユニバーサルな感覚があります。危険な箇所には赤で表示されています。それを利用し、子供の行動学習にも広く活用して行くのです。「今はお話してはダメだよ!」「静かにしなさい」と叱られる体験を減らすことで、子供達も恐縮せずのびのびとルールを守り、学習することができる環境を作っているのです。

話の順番を待てない子にも活用できる

ADHD(注意欠陥・多動性障害)やASD(自閉症スペクトラム症)の子供達の中には、ジョイントアテンションや心の理論の発達が遅れ、一緒にいる相手の立場や気持ちを汲み取るのが苦手な子供もいます。そのような場合、その場の状況を察して行動することが困難であるために、相手に言っても良いことと悪いこと、また話す順番や話題などのやりとりがうまくできないことがあります。この信号機ルールは家庭で活用しながら、「言ってもいいこと・得ないこと」に赤い表示、青い表示、また「話す順番・順番をまつタイミング」などを赤と青の表示で教えることができます。青いふだの使用では、話す順が順番にならなければならないというルールを教えながら、会話は相手と自分の交互に行うことを教えていきます。

視覚的に、また言語的にツールを用いて、一貫した意味合いを行動と繋げて行くことは子供がうまく新たな場面で対処できるかどうかの基盤を作っていきます。こうして社会的スキルを身につけて行くことで、子供達が笑顔で過ごせる状態を作ることが全てにおける最終目標なのです。

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執筆 淵上美恵

オランダにて企業におけるメンタルヘルス対策、各種セミナー、駐在員とその家族のメンタルヘルスケア、カウンセリング、スクールカウンセリングを実施

組織心理コンサルタント、オランダ心理学協会認定心理士、スクールカウンセラー



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