見出し画像

【連載小説】語研活動日誌 #7

前回(#6)

まえがき
*ひと段落着いた。第二章って感じです。
*ここからどんどんマニアックになっていきます。
*ついてきて

#7


 語学研究部が設立されてから3日後、週明けの月曜日。遥をはじめ、語研メンバーは各々授業に励む。ちなみに、2年生のやよいと友望は同じクラスらしい。個性的なクラスといえば聞こえはいいが。

 放課後、遥は部室へ足を運んでいた。人数合わせに巻き込まれただけの遥に、積極的に活動へ参加する義務はない。が、5人という少人数の都合ゆえ、役員になってしまったのだ。こうなっては、初回から欠席するのも何となく気分が悪い。

 語研にとってはじまりの日である先週の金曜日、部長・石飛さゆりの進行のもとに決定した役割分担は以下のようになった。

部長  石飛さゆり
副部長 吉田遥
企画  下西ノ園フローラ
書記  小淵やよい
会計  北上友望

 これら5つの役職は生徒会会則のもとに設置を義務づけられているため、欠かすことができない。副部長というと仰々しく聞こえるが、仕事としては部長の補佐・補欠のようなものである。部の運営についてはさゆりにほぼ委任、あるいは丸投げをすることでメンバーは概ね一致しているため、遥にはほとんど仕事が回ってこない。さゆりが部長としての業務を果たせないときは、部長代理を自動的にフローラへと移動することも条件に、遥は副部長を引き受けたのだった。

「ちょ、ちょっと失礼!」

 遥が共用部室に入ろうとすると、中から慌ただしく出てきた他のクラブの部員とぶつかりそうになった。どんな小さな同好会でも、4月というのは何かと忙しくなるものだ。聞こえてくる話し声から察するに、山岳クラブは新入生歓迎を兼ねての山登りを企画しているし、競技かるた部は春の大会に向けて大詰めを迎えている。また、新入生が来ず廃部の危機を迎えているところもあった。

 語研のスペース前には、先週まではなかったはずの黒いカーテンがかけられ、中が見えないようになっていた。語研の名が記された紙はラミネート加工をされたうえで、横のパーティションに堂々とはり付けられている。

――入っていいのかな……私も部員だし、いいよね?

 遥が黒のカーテンに手をかけたとたん、その中から紙切れが一枚、突き出された。遥はびっくりして手を引く。

【prōlētāriātusの単数・奪格は?】

「え……?」

 言葉の意味がまったくわからない。遥が右往左往していると、

「お前は語研のヤツじゃない。去れ」

 と声がして、紙切れはその中へ引っ込んだ。どうやら入室を認められなかったらしい。声の主は、見た目は子供、中身は先輩――小淵やよいのものだった。

「あの、私、吉田遥です。先週お会いした……」

【prōlētāriātusの単数・奪格は?】

 再び問題が突き出される。どうやらこのクイズを解くまで入れるつもりはないと見えて、遥は困り果ててしまった。

――どうしよう……。

 その時、部室を前に立ち往生する遥のもとに現れたのは、語研部員・下西ノ園フローラだった。

「あら、遥ちゃん。おはよう~。どうかしたの?」

「えっと……小淵さんが、中に入れてくれなくて……」

 フローラは黒いカーテンを見て、その中に向かって声をかけた。

「やよい先輩、いらっしゃいます?」

 するとやはり、例の問題がカーテン越しに突き付けられる。フローラはそれをしばらく眺めていたが、

「……ヒントをいただけませんか? この名詞の単数・属格を」

 少し経って、中からもう1枚の紙が現れた。

【prōlētāriātūs(gen. sg.)】

 フローラはその紙を受け取ると、くすっと笑った。遥は見守ることしかできない。

「やよい先輩。これは少し意地悪ではありませんか? 遥ちゃんは新入部員なのですから……」

 そう言いながら、フローラは胸ポケットから黒の万年筆を取り出し、差し出された紙の裏にサラサラと書きつけていく。

【prōlētāriātū(abl. sg.)】

 その紙をカーテンの隙間から差し込むと、やがて中から声がした。

「……正解。入んなさい」


これまでのお話


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?