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音楽喫茶「ウィンナ」のこと-元町ホテル余話


神戸元町商店街の5丁目に古くから受け継がれてきた音楽喫茶があります。
店名はクラシックサロン・アマデウス。
その前身は"ウィンナ"という名で、昭和7年開業の音楽を愛する人達が集うお店でした。

元町懐古写真集「道」より
(右下に看板あり)


昨年、元町ホテルの事を調べていた時にこの喫茶店の事を知り、文書館で見せていただいた写真集の中に偶々往時の姿を見つけたのが昨年の10月。
元町商店街のアーケード内を歩いてホテルのあった4丁目を通り過ぎ、1区画西へ進んだ先の海側にあるビル。
何か縁のようなものを感じて、先日ふと店の看板が示す方へ…地下へと続く階段を降りてみることにしました。

アマデウスのある地下へ


扉を開けると奥行きのあるホールのような空間が広がり、カウンター席とテーブル席、そして机の倍ほど数のある椅子が店内をぐるりと囲うように並んでいます。テーブル席では何かの趣味の集まりで大人達が談笑していました。
彼らが帰って間も無く客は私1人となり、ふとお店のご主人にここへ来た経緯を話してみることにしました。


「お店の写真は残っていないのですけれど」と前置きをしてから、ご主人は大きな分厚いアルバムのようなものを2冊持ってきてくれました。
それはどちらも、ウィンナで使われていたレコードが入ったケース。うち1冊を開くと、シューベルトの歌曲集『美しき水車小屋の娘』のレコード盤がびっしりと収められています。

ご主人はさらに奥からVictrolaのレコードプレイヤーを運んできて、カウンターの上にそれを置くと、ケースから取り出した一枚をのせて静かに針を落としました。



瞬間、アマデウスはウィンナの店内に変わります。先刻淹れていただいた珈琲の香りを微かに感じながら目を瞑ると、昼か夜かも分からない深く陰影をつくった店内で、音楽を聴くためだけに耳と心を傾ける人々の姿が浮かんできます。
流れてきたのは第10曲『涙の雨』。
レコードの回転と共に優しい歌声が響きます。梅雨入りの少し前、かつての店内の様子など分かるはずもないのに、その瞬間は確かにウィンナの常連客達に混じって彼らと同じ場所で雨音を聴いていました。

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

ウィンナの店舗は空襲で焼失後、今と同じ地下の店舗で営業を再開。昭和の終わり頃、一度閉店した後にクラシック喫茶アマデウスと名を変えて、更に現在のご主人が継ぐ時にコンサートを開く事が出来るサロンとしての形を整えたのだそうです。

音楽喫茶がなくなるのを惜しんだ人達の思いが残る場所。元の姿が失われても、きっとここがある限り昔のお店を訪ねる事が出来るのだなと回転を止めたレコードを見つめていた6月の事でした。



(りせん)

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