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真夜中のフラメンコ。

カチカチカチ。

深夜1時。

静まり返った寝室で
時を刻む音だけが、呼吸を漏らす。

妻は、寝息すら立てず、深い深い眠りの世界にいるようだ。

自分と時計だけが存在しているような空間。


東京に来てからというものの、仕事が忙しい。

明日に向けて、今日終えてしまいたいことがあった。もう24時を過ぎているので、明日ではなく”今日”が正しいのだけれど。

そんなことばかり夜な夜な考え、水を一口のみ、布団に入る。

妻を追って、眠りの世界にゆく。



カチカチカチ。

あたりはまだ暗い。

深夜3時。あれからまだ2時間しか経っていない。

いつから時計の音が気になるようになったのだろう。昔、父親が「時計の音がうるさくて眠れない」と言っていたのを、呆れて聞いていたというのに。もう、自分があの頃の父親に追いついてしまったと思うと、感慨深いものがある。

深い夜に、記憶と対話をする。


カチカチカチ。

時計とは違う種の音がする。

どこかからか聞こえてくる。

この音には聞き覚えがあって。夜ふと目を覚ますと、たまに聞こえてくるから。最初は時計の音、と思っていた。

だが、どこかそれは違って。もう少しだけ高鳴るような音。

なにかはわからない。

2年ほど前からその音を聞くようになって、未だ解明できずにいる。


ああ、だめだ。明日も早いから寝なくては。

寝るのは得意。二度寝だって三度寝だってお手のもの。

ほら、すやすや。






あの音は一体、、。

休日にもう一度、例の音について考える。


いい加減に正体を知りたいものだ。

朝、日中、は聞こえてこない。

深夜だけ、だ。

ぶるっと身震いがした。得体の知れないものと向き合う恐怖は、大人になったからって克服するものではない。




トントントン

カチ

ジュー


妻が料理をしている。ニンニクが効いていて、程よいハーブとお肉の香りがする、、。

チキンステーキだ!」

これは私の好物。

明日から始まる1週間に向けて、活気づけ、ということかな。

「ごはんよ〜」
妻の声が響く。

「はい〜」
すかさず、台所に向かう。

「ありがとね〜」

毎度、お礼の言葉は忘れずに伝えている。温かいごはんが家で食べられるのは有難いことなので。

流れるように、ご飯用の土鍋へ向かい、炊き立てホクホクのご飯をよそう。これは私の仕事である。

「いただきます!」

休日は夫婦一緒にごはんを食べれる、貴重な時間。

大好きなチキンステーキを頬張り、満たされる。
ちらっと妻を見ると、美味しそうにチキンと向き合っている。そうだ、チキンステーキは私の楽しみであり、妻の楽しみでもあるのだ。


ひと通り堪能したところで、最近のたわいもない話を挟む。

「歯の調子はどう?」

最近、妻は歯科矯正のため歯医者に通い始めた。長らく治療をするか迷っていたようだが、どうしても歯の隙間が気になるとか何とかで。

「歯の噛み合わせが深すぎるって先生が言っていてね。」

ふむふむ

「ちょっとずつ削れてきてるらしいのよ。」

削れている?

「噛む力が強いみたいで。」

噛む力が強い?

「・・・」


カチカチカチ。

頭の中で、あの不穏な音が鳴り響く。

「それだ!」

自称”死んだように寝る”妻。
むしろ、生きているように寝ていたのだ!!


「寝てるときに、歯をカチカチしてるよ。」

「え!うそ!恥ずかし!」

点と点がつながった。

2年越しに。


妻は何度でも「うそやん!」と繰り返していた。

チキンステーキを食べながら、小躍りで。





🪇🦷あとがき🦷💃
夫視点で書いてみました。
こんなにも世にも奇妙な話があったとは、、、。悲しいことに実話です。
私、寝てる時に歯をカチカチしているらしいのです。幸いなことに、夫は気にならず寝れるそうなので何よりです。真相にたどり着いた夫は、何ともスカッとな顔をしておりました。こちらは、モヤっとです。歯科矯正が完了する頃には、カチカチカチ症候群から卒業していたらいいな、、。






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