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私が休職した経緯の話①

こんにちは、みどりこです。
私は今年の5月に適応障害と診断され、現在休職中です。
それまでは、メンタル疾患とは縁遠くむしろ自分ではメンタルはタフだと思っていたし、実際にどちらかというと打たれ強いタイプでした。
だから、適応障害と診断された時、結構ショックだったんですよね。
でも、それと同時に病院に行くまでの数々の体の不調に病名がついたことで少しホッとしたのも事実です。

今日は私が休職に至った経緯を少し整理したいと思います。

私が国家公務員になるまで

私は現在国家公務員として在職中です。
元々民間企業で働いており4年前に転職しました。
現在は中央省庁で働いていますが、増えてきたとはいえ民間企業から省庁に転職した人はまだまだ数が少なく少数民族となっています。
私が適応障害になった要因の一つは国家公務員の働き方が大きく影響していると医師からも言われてしまいました。

私は元々民間企業で営業職をしていました。
地元は九州なのですが、この民間時代も実家がある県とは異なる九州のとある県で一人暮らしをしながら8年ほど働いていました。
上司、同僚、お客さんにも恵まれてすごく楽しく仕事をしていました。
私自身は自分で言うのも変ですが、向上心が強く、責任感と正義感が強い性格でとことん仕事を突き詰めていきたいと思っているタイプです。

営業の仕事も、やりがいを感じながらグループ企業と合同の営業コンクールのようなものでも表彰された経験もあります。

転職を意識したのは、ちょうどコロナ禍でした。営業訪問が出来なくなり仕事が全く出来ない環境になりました。幸いにもお給料は頂けていたのですが、代わりに考える時間が出来てしまい
私のキャリアはこのままでいいのかな?

と終わりない考えが巡るようになっていきました。
同時期に、もっと影響力のある仕事をしたいと思っていたことと、ある国家資格を持っていたのでそれを活かした仕事をしたいと思っていたことが重なり国家公務員への転職を決意しました。

とはいっても、正直なところ名前の響きだけで転職したようなもので、いわゆる業界分析などはしていませんでした。ただ、政策を作ったり行政の仕組みを知りたいなと思っていました。

そもそも私が受験した公務員試験は、ある程度社会人経験を積んだ人が受ける役職採用みたいなもので当時は一回で受かるわけないよな〜と安易に受験したというのが本音です。

ご縁があって採用となり、国家公務員になりました。

長くなってしまったので、公務員時代の話は次の記事にまとめようかと思います。

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