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マンガ家アシスタントのおしごと!-1- (「薔薇はシュラバで生まれる-70年代少女漫画アシスタント奮闘記-(笹生那実・著)」読了に寄せて)【後編】

お外でしか仕事がはかどらない身としては、どーも生きづらい世の中です。そんな世の中じゃ…ポイズン(ポイズン言いたいだけ)。
こんにちは、くおんみどりです。さて、第一章の後編です。

作中では、笹生さんは中学生から高校生に。ヌルい日々を送っていたところを、小長井編集長からのモーニングコール(?)で叩き起こされるという所から始まり、めでたく高校3年生で漫画家デビューを果たします。と同時に、アシスタントデビューも果たすのです。

🌹「作家デビュー」の年齢

総数で言えば少女漫画界で特に顕著かと思うのですが、「作家としてのデビュー年齢が結構早い」というのが漫画家界の特徴かもしれません。そういえば数年前に「現役中学生がちゃお(少女マンガ誌)でデビュー!」と騒がれた事がありました。調べてみましたら14歳。うわー、若いです、早熟です。しかし歴史的には最年少ではありませんでした。上には上が(下?)あるようです。

どうやら最年少記録は「13歳」だそうで、調べましたら男性だと、桑田次郎氏(8マン、月光仮面等 1948年デビュー)きたがわ翔氏(19〈NINETEEN〉、B.B.フィッシュ等 1981年デビュー)が。女性だと、やぶうち優氏(水色時代、ないしょのつぼみ等 1983年デビュー)逆巻詩音氏(2017年デビュー)らが13歳でデビューし、最年少の記録保持者のようでした。そして「13歳の壁」は、2020年の今、いまだ破られていません。…破る人、出てくるんですかねぇ?楽しみですねぇ。

「薔薇はシュラバで生まれる」の作中でも、アシや作家の登場人物の多くが十代~その周辺層です。作家に関しては、やはり昔から「早いうちから感性を育てる」とか、「鉄は早いうちに…」の精神で、戦線に早期投入するというのはあったのでしょうね。
私のような成人後にデビューした身からすれば、「羨ましいなぁ」「スゴイなぁ…」と単純に無責任に憧れを込めて言うだけなのですが、もし自分が「10代から叩き上げられた作家」ってモノになっていたら、今頃どんなふうになってたんだろう…と、ふと妄想することはあります。13歳とは言わないから、高校デビューくらいでいいから、そういう身になってみたかったなぁ…。
総じて「早けりゃいい」ってモンじゃないんですけど、それでも作風とか絵とか、確実にぜんぜん違うもんになったんだろうな…と思います。
そういう自分を見てみたかった…いや、もう全てが遅いんやでw。
(BGM:人生が二度あれば(井上陽水))

余談・早熟
そういえば、「十代で漫画家デビュー」という人、私が十代の時の身近な人で、一人いたことを思い出しました。私の高校のクラスメイトです(笑)。実は現在も活躍しています。…もう、いい加減時間経ったから、言っちゃってもいいかな?いいかな?(;´Д`) 当時ね、

すっごく悔しかったんですよね、正直な話。(笑)

当時、もう既に私もその道を目指してたんですが、スルッと優雅に追い抜かれた感じです。まぁその歳でデビューするだけあって、当時からめちゃくちゃ上手い人でしたから、理屈(頭)では納得できていたんです。が、十代ってのはメンタルが非常に面倒くさいんですよね。でもそういう感情も、自分がデビューした後はいつの間にか消えて忘れていたし、どうでも良くなりました。ま、そういうモンですよね…。

代わりに今は、「お互い永く続けたいよね」と思うのみになりましたよw

🌹アシスタントデビューは突然に

デビューも果たした高校3年生の夏休み、笹生さんは別冊少女マーガレット編集部からの依頼で、友人・くらもちふさこさんと共に、美内すずえさんのヘルプアシスタントをすることになります。アシスタントとしてのデビューです。

余談・私のアシスタントデビュー
それは東京に出てきて、しばらくした後でした。きっかけは今は無き雑誌「月刊Missy ミッシィ(主婦と生活社 編集:キーパーズ(現・宙出版))」の専属アシスタント募集欄がきっかけでした。アシスタントを募集していたのは「しらいしあい」さん。(この方も70年代に活躍した方で、少女漫画界におけるいわゆる「性に関する表現方法」を開拓した一人でもありました

履歴書と背景等の見本絵を同封し応募。合格して採用となったのは、私ともう一人女性の方がいて、その計2名でした。そこから華々しいアシスタント人生が…と、いけばよかったのですが、運命は残酷です。
当時、私はバイクに乗っていたのですが、事もあろうにバイク絡みの交通事故に遭ってしまいます。深夜0時、新宿駅前の甲州街道・明治通り交差点。激しい雨、右折時に対向車線から来た乗用車と正面衝突…。
「本来なら死んでます(担当医談)」。
しかし、今こうしてキーボードを叩いて、このエントリーを書いていることからも分かるように、はい…生きてます。奇跡と言われました(笑)。

ま、奇跡はともかく、アシスタント採用されて3~4ヶ月めでコレです。全治1~2ヶ月くらいでしたので、その間アシ仕事にも穴が空いてしまうわけで、仕事場的には困るわけです。もとより飛び抜けた才能があるわけでない私なので、私の回復を待つというコトに、なんの利点もありません。皆無です。結果、専属アシスタント契約については「今回は御縁がなかったということで…」という結末を向かえてしまいました。しかし、ソレも一つの運命だったのかもしれません。
その当時、進学云々についてひと悶着あった身であり、進学をやめて漫画界に飛び込む!という決心をした矢先でしたので、もう後戻りはできません。そして、ソコからは漫画家デビューを目指しながら、生活のためにフリーのアシスタントとしての道を模索することになります。
ソレがあったから今の私がありますし、ソコからも結構色々なエピソードはあったのですが…いや、ソレはまた違う機会でお話したいと思います。
…いや、タダでさえ、もう2000字超えてますから(笑)。

🌹美しい線!

自作品においては、どんなヘタレた線を描こうが、どんなにパース(遠近法)が狂っていようが、最悪「味」で通せますし「個性」でも押し通せます。しかし、他人の作品に筆を入れる仕事ではソレは通用しません。尊敬している人の原稿ならなおさらです。

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…もしも、私が人の原稿でこんなふうにしたら…笹生さん同様に悶絶して、泣いてのたうち回るでしょう。風景とか効果線という話ではなく、キャラの上に思いっきりっていうのがソレに拍車をかけます。上記のような絵だと、上からミスノン(修正液)置く(塗る)のも一苦労です。
…心中お察しいたします(;´Д`)。

余談・「アシスタントのミス」
といえば、思い出す伝説級の漫画があります。いわゆる業界モノ(になるのかな…)で、漫画家を目指す少女が主人公です。

白泉社系少女漫画データベース「香取綾子」 まゆみ白書(1984)

そう、この方は現・カトリーヌあやこさんです。当時は上の名でLaLaで描かれていました。で、アシスタント(主人公)がなにをミスしたかと言うと「アシスタントに向かった先で、締め切り間近の完成原稿にインクを大量にこぼし、(たしか)全ページ全損というかつてない大ピンチ」というもの。で、主人公のまゆみがどうしたかと言うと

「一人で全部根性で完璧にホワイト修正して、全原稿がインクこぼす前の遜色ないクオリティに復帰!ハッピーエンド!」

…たしかコレ、単行本にはなっていないはずで、後年ご本人も「記憶から消したい」的なことを話されていたように思います。半分コメディと思って描いて…らしたかもしれません。どう見ても「スチュワーデス物語(TBS 大映テレビ制作)」のパロディでしたから。しかし、これは80年代の(一部)少女漫画アシスタントの間では後々まで語り草となり、話題になっていたのでした。今となっては逆に伝説(レジェンド)です。単行本化求む!

そういえば昔、上記のしらいしあいさんの所にいた時、訓練として「とりあえずコレをやりなさい」と言われたのが、「5センチ四方の正方形の中に、1ミリ間隔で鉛筆で定規使って平行線を描きなさい。その上をペンでなぞって、線が交わらないように並行直線をフリーハンドで描けるようになりなさい」というもの(当時の画風的に、背景にも定規をあまり使わない画風だったので、アシにもそのスキルが求められた)。
しらいしさんの所を去ってから(おいw)そこそこ練習して、ある時期まではソレをちゃんと会得できていたのですが…今はもう無理かな?ちょっとやってみよう。(ペン先とインクは無いので水性ボールペンです)。

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うわぁぁ!ダメだ~。勢いに任せた速攻の線とは言え、線も超絶ガタガタだ!激烈にヘナヘナだ。昔のかけらもない~。技術は失われてしまった!
(;´Д`)ぁぅぅ…

🌹「アシスタント」としての強者スキル

チーフ「ここは室内。テーブルと椅子描いて」
笹生「背景資料…なし!」
チーフ「木を書いて。この木は元人間で切ると血が出るの。葉は人間の掌を思わせる感じで…」
笹生「背景資料…あるわけなし!」
(「薔薇はシュラバで生まれる」39ページより)

締め切りに切羽詰まると、指示も状況もこうなる場合が…あるといえばあります。ディテールを説明してくれる時はまだいい方で、時間迫るごとに指示が段々ぞんざいになっていくという事も…(笑)。

「アタリだけ、資料無しでも求められたものが即描ける」というのは、アシの強ステータスの一つ。リアルさを求められるものもあるし、イマジネーションを求められることもある。コレになるには常日頃の観察眼と想像力、そして画力・処理技術がモノを言います。コレが揃った…そうですね、スカウター計測で言えば、数字振り切ったピッコロさんやフリーザ様級の様なアシになれば、そりゃもう重宝されます。アシの仕事だけで食っていくことも可能です。そんな逸材、編集部も作家も離しませんから、仕事だって途切れません。
一つ難点があるとしたら、それは「プロ作家(漫画家)デビューしにくい」ということでしょうか。アシ仕事が忙しくなりすぎて、自分の作品がまったく描けなくなることにも陥りがちなのです。そういうジレンマを抱えた人も、何人か見たことあります。アシとして優秀「すぎる」のも考えもの。

とはいえ「何でも描ける」はアシ最大のステータス。アシを経験した人なら誰でも自分がそうなりたいと思うし憧れます。(なお、私はそれになれませんでした。あはは(;´Д`))

余談・アシ伝説
当時、凄腕アシさんの逸話で伝わってきて、仕事場をざわつかせた比較的メジャー(だと思われる)話題を2つほど披露しましょう。
「少女漫画なのに戦車や音速戦闘機が普通に出てくる」として有名な、あの某作品を手伝っている所のアシさんは、すごく優秀だという話が仕事場に伝わってきて、「どうやらあそこは、戦車も三面図から起こして描いているらしい」聞かされ、「どうりでちゃんとしてるわけだ…」と、皆、驚愕した覚えがあります。
もう一つは、少年・青年誌界の某(超)御大の所のチーフアシ氏の話。「所持している車の車種がベンツ」と…。そりゃ、ザワつきますよね(笑)。
(なお、伝言ゲーム的伝聞もあるので、正確性の保証はできません。あしからず)

🌹仕事場百景

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ココは旅館なので、大きな平机なのですね。2つ繋げれば結構な広さです。一人ひとりB4版の紙を取り回すので、個別机がなければコレくらいの広さは欲しいところ。上記はまだ討ち入り前のなので机上もキレイですが、コレがシュラバ後になるとどうなるか…ここから4ページ後に惨状になるわけですが…あのとっ散らかり方はなかなかリアルですw。その具合のほどは是非、本書をお求めの上、御覧ください(笑)。

そして、物語(ページ)は多少前後しますが、笹生さんは「とある場所」に出向くことになります。それは漫画家版「虎の穴」とも言うべき、その道を目指す者達が集う場でありました。(…あれ?若い人に「虎の穴」の例えは通じるのだろうか)

余談・アシスタント環境
私がしらいしあいさんの所を去った後、一番長くお世話になった(古い言い方だと「草鞋を脱いだ」)所が、当時レディースコミックを中心に描いていた近藤厚子さんという方の所でした(今は専門学校で漫画に関することを教えるお仕事をされているようです)。あ、専属契約ではありません。
そこで思い出深いのは、初めて近藤さんの所に行った時の「6畳1Kの部屋に5人。130ページ(くらい)をやっつける」という環境でした(笑)。
当時はまだ、近藤さんもキャリアが浅かった頃。普通のアパートで一人で仕事をなさってたようなのですが、さすがに前後編130ページだと後半切羽詰まりまくります。故にアシスタントを依頼されて行ったのですが、やはり一人暮らしのアパート6畳間(…四畳半だったかもしれない)に人数分の机を置くという事はできません(家具や諸々もありますし)。てか不可能。よって近藤さん以外は、全員体育座りで画板を机がわりに作業です。

あ…いや、虐待じゃないし、イジメでもありませんよコレw。だって物理的に仕方ないことです(それに当時、床で画板使って描くなんていう所は、他にもいくつもありましたし)。おかげで以降、他の仕事場でも机が足りなくなって…という時は「あ、私、床に画板でいーですよ」と言えるようになりました。実はコレも、アシとしての強みの一つ(あの当時は)。どんな環境でも対応できるということで、実際結構重宝されました。机でしか描いた事ない人にとって、床に直座りで画板なんて、とてつもない悪環境ですから、そんな環境からの依頼、受けてくれる人も限られるわけです。

あ、近藤さんの名誉のために補足しますが、仕事場自体は和やかで、近藤さん自身もすごくいい人だし、皆に良くしてくれました。その後は順調に仕事も増え、広い所への引越を果たし、各アシもそれぞれ1つの机を持てるような環境になりました。
(近藤さん、広辞林 汐さん、お元気ですか?よかったら連絡くださいw)

🌹「三日月会」または「鈴木光明少女漫画教室」

高校生になり、だらーっとモラトリアムを貪っていた笹生さんの元に、一本の電話がかかってきます。

小長井編集長「今月デビューしたくらもちさんは、あなたと同じ歳だというのに…。まんがスクール選考の鈴木光明先生がやっている勉強会があるから、そこへ行きなさい。くらもちさんもいますよ。だらだらしてないでー」
(「薔薇はシュラバで生まれる」25ページより)

鈴木光明先生。1952年に16歳で漫画家デビュー、漫画家としての活躍の後、1971年からは別マまんがスクールの選考を担当され、白泉社が設立された後は白泉社の少女マンガ誌のまんがスクールも担当。本書に登場する「三日月会」解散の後は「鈴木光明少女漫画教室」を東京・青山などで主催。少女漫画家の発掘、育成に多大なる貢献をされた方です。

本書には、ここからプロになって旅立った人の豪華なメンツ(の極一部)が紹介されていますが、もうね、目眩しますねこのメンツ(笑)。皆さん当時は「超売れっ子プロ漫画家」というステータスがまだない状態ですが、のちにそんな実力を発揮する先輩からの意見も聞けたそうです。互いに原稿見せあってコレはこう、アレはこう…と一人で描いてたときには、到底飛び込んでこない意見が、容赦なしに頭に飛び込んでくるわけですよ。それにメインの鈴木先生の的確な指導。育成環境としては、もうほぼこの上ない場所です。でも私だったら…この場に耐えられただろうか(耐えられ…ない、な多分w)。

「耐えられないな」と言っておきながら即オチでアレですが(早すぎ)、三日月会のような「虎の穴」級のスゴい所ではないと思いますが、実は似た環境下に私も一時期いたことがあったのでした。

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「鈴木光明少女漫画教室(北青山校)」の元生徒として、何年か通わせていただいておりました(ここは二期に分けた2月~12月までの間で、週一という授業体系)。鈴木先生、厳しかったなぁ…(遠い目)。

はっ!もしかして、鈴木先生の教室に…という共通点からすると、私にとって笹生さんは、実は「姉弟子」にあたるのでは!
(スミマセン、展開・飛躍ムリクリすぎました。反省)(;´Д`)

当時の資料として、教室のパンフ等少し掲載しておきますね(歴史物として残しておきたいという思いもあります)。現在は私塾でこういう場があるのかわかりませんが(今だったら専門学校がソレか)。少し前まではね、こういう場があったのですよ。

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授業風景はこんな感じ。大変有意義な贅沢な時間でした。

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(授業風景の写真は、諸々あるかもしれないので水彩加工を加えておきます。授業の雰囲気がわかるレベルで…という事でご了解ください)
※各位、諸々まずい場合は削除いたします。コメント機能からアクセスください。

やはり私なんかより上手い人(生徒)が、そりゃもうゴロゴロいました。全員は覚えてませんが、あのときの方々、元気にしているでしょうかね…。(一部は同人誌界にいる事、確認しています)

美内先生「それからもうすぐ、木原としえさんが編集部の帰りに寄ってくれるんですって」
笹生さん「えっ!」
「薔薇はシュラバで生まれる」31ページより

この少女漫画教室は、現役で活躍されているプロの人がゲスト講師として来校(主に前期教室にて)され、いろいろなお話が伺える、質問もできるという、なんとも志望者には嬉しい特徴があるのですが、木原敏江先生もいらっしゃった事がありました。そこで自身の初心者時代について話されたことで、記憶に残っているエピソードがあります。それは「時代ならでは」のものでした。

木原先生「漫画を描き始めた時、必死に(技法をいろいろ)練習しましたけど、一つだけどうしても出来ないことがありまして、それは(スクリーン)トーンでした。まだ(画材としての)トーンという物の存在を知らなかった私は、これは描いているものだと思い、必死に(網点)トーンを”描く”練習をしました。でも、雑誌にあるようなきれいな(丸い)点が描けなかった(笑)。挫折しました。私には漫画家としての才能がないんじゃないかと…
(上記発言は、記憶から再構成させてさせていただきました)

「そう思って行動に移しちゃうほど、貪欲に描こう、覚えようとしていたのだなぁ」という印象を受けました。その精神があったから今があるのだなぁとも。
私がここに通っていたときには、流石にスクリーントーンの存在は(漫画を描く者には)知れ渡っていて、それを描こうという人はあまりいなかったと思いますが、でも教室には「描き方が全くわからない」人から「絵は十分描けるけど」という人までいろいろな人がいました。ここで「ちゃんとしていた人」は、ちゃんとデビューできていた印象があります。ちゃんとしていなかった人は…まぁそれなりに、だったかな(フジカラー的配慮)。

思い出話すと尽きませんが、このエントリーは、「薔薇はシュラバで生まれる」のブックレビューがメインです(ホントか?レビューとは…)ので、この話題はコレくらいにしておきましょう。また違う機会の時にでも…。

🌹眠気覚ましと怪談と心強さと~(違

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シュラバ(仕事場)で行われるトークは「一休み」や「サボってる」的なモノではありません。そういう意味ではなく、眠気覚ましとテンション上げとしての性格が強いのです。長時間寝ないで黙々と(単純)作業していると、にんげんだもの、きっちり眠くなるのです。そうなると背景や効果線の線が、明後日の方向に強烈アクロバティック!色黒でないキャラの皮膚に84番!とかになりかねません。コレは私も経験がありますが、集中線の数本がキャラを貫くこともあります。キケン!
それを防ぐ手段の一つが「シュラバトーク」なのです。いわば、集中するときのガム噛みと同じ。アレってアゴを動かすので、ある程度眠気も覚めるし、集中もできるでしょ?

で、何を話すのかというと、作中では怪談でしたが、仕事場メンバーで共通に好きなアーティストの話だったり、アニメや漫画の話だったり、先生の仕事体験談だったり、今日の晩御飯はとか…それはいろいろ、仕事場によってもいろいろ。多種多様です。
話題も、討ち入り間もないくらいまででしたら、そりゃもう和やかな話題なのですけど、シュラバトークも時々魔境・逢魔が刻に入る事があります。それは、その場の全員が強烈な眠みや疲れに襲われたときです。ソコからの話題は…いやこのnoteで書けない事もたくさん…まぁ…な?!(な?じゃない)
いや、そんなふうにならない仕事場だってありますし、すべてのシュラバであることではありませんが、要するにアレです。「にんげんだもの、悪口・噂は最高のスパイス」ということです。いや、毎回じゃないです、そういうふうになってしまうこともある、と言うことですよ、あくまで。(諸説あります)

で、実際ね、その内容はね…面白いんですよ(おもしろいんかーい)。なんて言ったってメンタル&フィジカルがアレな時ですから「◯◯先生のトコにいたアシさんが(ピー)」とか「◯社の担当が(ピー)」とか「知ってる?◯◯はね!(ピー)」とか「(ピー)」とか。そりゃもう眠気に打ち勝つために盛り上がり(ヒートアップし)ます。(え?ピー音がなにか?言えるか!私、消されるわ!www
この状態は「ランナーズ・ハイ」ならぬ、「アシスタント・ハイ」かもしれません。でね、この場にいた時、私は悟りました…

「ああ、怒り(アングリーさ)は眠気に勝つ…」と(菩提樹の下

まあコレ、ある程度メンツが固定して、信頼できるメンバー内でないと言えない(言わない)事でもあります。鉄板メンバーでないと出来ない技です。

🌹伝説の眠気覚まし剤

そういえば、美内先生が語っていた「眠気覚まし」。この当時だったら、銘柄はアレでは?と思い当たるものがあります。当時、大正製薬から発売されていた「ピロン」というドリンク(アンプル)剤です。コレの強烈さは、あのレジェンド漫画家「鴨川つばめ」先生もインタビュー上で言及なさっています。

鴨川「あのね、ピロンって言う名前だった。大正製薬から出てたんです」
―今は、じゃあ出てないんですね
鴨川「もうないと思います。だって薬屋の親父が売りたがらなかったんですから。あんたこれだけ飲んだらやばいよ…って。なんか実際、死亡事故もあったらしいんですよね。どこのアシスタントだったかは知らないですけれども。(後略)」
(「消えた漫画家」大泉実成著・太田出版より引用)

眠気覚ましに限らず、昔の市販薬ってのは強烈なモノが結構ありまして、かくいう私が体験したのは「鎮痛解熱剤」。どれくらい効いたかと言うと「四谷の大横断歩道を渡り始めたときに飲んで、渡り終えた頃には熱が下がった効果が実感できた」というもの(実話)。商品名は出しませんが、アレはすごかった…と共に怖かった(笑)。(その鎮痛解熱剤は市販薬としてはすでに発売中止品(私はストック品を使用していた)。医療用としては病院内で現在でも使われているとのこと。ちなみに「ピロン」は、コレも一般市販薬としてはやがて発売中止に。のちに成分を問題ないレベルまで落とし、後継となったのが現在の現行品である「アオーク」…だという薬屋さん情報です)

シュラバでは「寝落ちしない」という至上命題のもと、ムチャする人もいました。今考えたら、「そのドリンク剤の数はアカンやろ!」的な事もたくさん。まさに「命かけてます」状態の事も…。そんな烈伝書きながらなんですが、とりあえず言っときますよ、

「いくらシュラっても、滋養強壮剤・眠気覚まし剤の飲みすぎ、ダメ!ゼッタイ!」

🌹エピローグ(第一章の)

本書の笹生さんもそうだったように、プロ漫画家にしろアシスタントにしろ、その世界への飛び込み始めは誰でも試行錯誤、赤っ恥、後悔等の連続です。でも実際、業界の最前線たる「アシスタント」という仕事は、独学よりも優れた実践、学びの場でもあります。純粋に学びの場と言っちゃうのは語弊があるし、実際「仕事」なので「学んでる最中です」根性だけでやると、必ず痛い目を見ます。ソレが言い訳になってしまうのはもっとダメ。

でもねぇ、やっぱり一人だけで描くよりも技術は高まるし、知識や視野も広がります。ちゃんと覚悟を持ってやれば、ちゃんと自分の糧となり、作品にもちゃんと帰ってくるオシゴト。漫画家を目指している人は必須…とは言わないけれど、経験したらしたで、ちゃんと有益なものになります。

あ、コレって、漫画業界だけじゃなく、すべての仕事の世界に共通する事ですね(笑)。

…さて、ヤバいな文字数(;´Д`)。あれだけ書きすぎないようにと心がけたのに…。だから字数制限無いというのはコワイ。

(第2章へ続く)

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