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リド君の5,000ルピア

数週間前。
娘の改名手続きが終わったので、小学校へ報告へ行ったときのこと。

学校移転時に植えた樹々が私の背丈を超えて、濃い緑の葉をつけていた。
少しかがんで一本の木の下をとおると、職員室のある校舎の前だ。
休み時間なのか、教室の前にも職員室の前にも児童たちがいて、ザワザワとほどよく騒がしかった。

校舎前のテラスで、近所の市場の裏に住むリド君(仮名)が「おばちゃーん」と高い声で駆け寄ってきた。

「リド君、どうしたの? 休み時間?」
「ううん、授業中。だけどもうやることが終わったから、外で遊んでるの」

息を弾ませなら、リド君は手うちわで顔を扇いでテラスにしゃがんだ。私もリド君の横並びにしゃがんで、リド君の方を向いた。

リド君は一年生。
小さな体をリズミカルに左右に振っている。
外遊びがとっても楽しい様子で、こちらまで口元が緩んだ。

「それでね、おばちゃん」
リド君は私の耳に口を近づけて、手を添えた。
ひそひそ話の仕草が愛らしい。

「お金がなくなったんだ」
「え?リド君のお金?いくら?」
「うん。5,000ルピア」

5,000ルピアというと、小学一年生なら十分なごはんと飲み物が食べられる金額だ。お母さんが今日のごはん代として渡したものだろう。

リド君は、自分のリュックサックのポケットに5,000ルピアを入れていた。リュックサックを自分の机に置いて、ちょっと遊んだ。気がついたらお金がなくなっていたらしい。

「あらら。誰かが持っていったのかな」
「わかんない。うーん、困っちゃうなぁ。でもま、いいや」

リド君はさっさと自己解決して、明るい笑顔を見せて走り去った。

いいんかい。
あのひそひそ話は何やってん。

リド君が友達を捕まえてじゃれつくのが見えた。
大丈夫そうだなと私は一人で笑って、さきほどの話を反芻した。

「リド君、『お金がなくなった』って言ったよなぁ」

私は猛烈に恥ずかしくなった。
リド君はカバンからお金がなくなったという事実を、そのまま「なくなった」と表現した。
それなのに、私ったらまばたきもしないうちに「盗られた」と解釈しちゃったよーーー。

いやだって、学校で机の上のリュックからお金がなくなったのなら、盗られた以外にないよね。ね?

自分で自分を脳内擁護しつつ、他の可能性を考えた。

1.リュックのポッケにお金を入れたつもりが、実は別のところにしまっていて、忘れてしまった(まだどこかにしまったお金を見つけていない)。

2.リュックのポッケにお金を入れたつもりが、そもそも入れていない(学校にお金を持ってきていない)

3.すでにそのお金で買い物をしたことを忘れている

4.誰かが「お金がなくなったドッキリ」を仕掛けている

5.どこかで落とした

しまった。
いろんな可能性があるじゃないか…。

わああ、恥ずかしい。
「盗られた」だなんて、被害者モードになっているぅぅ。
しかも、真っ先にリドくんのクラスメイトを犯人として疑った。

勝手に誰かを悪者にしちゃった。
ごめんごめん、ごめんなさい。

リド君のピュアさとの落差にガックシだ。
でもま、自分のもつバイアス(偏った考え)に気づいたからいいや。

次からは、誰かを悪者に仕立てないように事実を述べよう。
練習、練習。

サポートはとってもありがたいです(ㅅ⁎ᵕᴗᵕ⁎) 2023年年末に家族で一時帰国をしようと考えています。2018年のロンボク地震以来、実に5年ぶり。日本の家族と再会するための旅の費用に充てさせていただきます。