薬物依存とつながり
コーチング・セッションが終わった。
台所へ行き、プラスチックの円柱状のタッパを2つ開ける。スプーンで中に入っている極細挽きのカカオコーヒーと砂糖をカップへ掬い入れ、お湯を注ぐ。ぐるぐるっとスプーンでかき混ぜて、はいロンボクコーヒーのできあがり。
ふぅぅぅ、香りが沁みるなぁ。お疲れ、私。
守秘義務があるのであまり細かいことは話せないが、今日のコーチング・セッションの主題は近親者の薬物依存だった。
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セッション中は、お客様の話と自分の話とは切り分けている。
だが、セッションを終えると私もただの人間だ。コーチという役割を外し、お客様の話から自分の人生や人間関係について思索することもある。
「薬物かぁ」
ロンボク島に来てから薬物は一気に身近なものになった。我が家から目と鼻の先にある、ロンボク島の離島で薬物の取引があるからだ。
にわかに信じがたいが、ロンボク島を含む西ヌサトゥンガラ州では高校への入学時に薬物の陰性証明書を提示しなければならない。高校入学って15か16かそこらだよ。いくらなんでもまだやらんだろ。
…と思っていたが、いやいやどうして、10代だからやらないなんてことはない。
ドロップアウトしかけた生徒がドラッグをやっていると噂されている溜まり場に顔を出していると聞き、その場へ行って一番年長の男性と交渉したこともあるし、生徒に「友達がドラッグをやっているのを見かけたらなんと声をかけたらいいですか」と質問されたこともある。学校から生徒宅へ家庭訪問にいったら父親が依存症だったことさえある。
高校で勤務し始める前からも、近所のあの人がドラッグやってるだの、どこそこが溜まり場になっていて強制捜査が入っただの、まぁ薬物絡みの話がちょくちょく入ってきていた。つまり、ボーッと暮らしていると何かの弾みで薬物を手に取る可能性があるくらいに、薬物は私たちの至近距離にあるってわけだ。
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しかし、我が家で一番身近なのは、なんといっても義兄が長い間薬物をやっているらしいことだ。本人は「もうやめた」の一点張りなのだが、呂律があまり回っていないのでやめてはいないと思っている。
義兄はあけっぴろげで面白い人なんだけどなぁ。
どうしてこうなっちゃったんだろう。
どうすれば義兄のドラッグをやめさせることができるのか。私はいくつかの本を読み、学んだ。依存症の人は安心して人に依存できていないのだ、だから彼らが安心して人に依存できる社会をつくることが必要だ、と。
義兄や何人かの薬物常習者または経験者と話して私がなんとなく感じ取っていたものー居場所がないんじゃないかーが、そっくりそのまま本に書いてあった。義兄を想って少し泣いた。
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今日、思いがけず薬物依存の話を聞いたので、久しぶりに薬物依存についてネットで検索した。5年前にはなかった本がけっこう出ている。依存者が増えているのだろうか。
本の説明文や読者のレビューをざっと読んでいると、ある一文が目に入った。
「addiction は孤立の病であり、その対義語は connection である」
そう、そのとおりだよ!
私はすぐさまこのレビューをスクショに撮った。依存症になると、本人は依存行為をやめることを真っ先に考え、それができないことで負のスパイラルに陥る。本人以外の近しい人々も依存行為を辞めさせようとする人がほとんどだろう。
だが、依存症の人に何より大切なのは、依存する物や行為などを断ち切ることではなく、他者とのつながりだ。この主張はこれまでの本となんら変わっていなかった。
うん、そうだよね。よくわかったよ。このまま義兄一人に「薬やめたら?/やめなよ」と言い続けてもやめれるわけがないことが。
私たち家族は今、義兄を遠巻きにみている。トラブルに巻き込まれるのはゴメンだという気持ちがあるからだ。でもそのことが孤立感に追い打ちをかけ、依存へと走らせている。
コネクション(つながり)か…。
コーヒーはとっくに冷めていた。
今度、義兄の家にコーヒーでも持っていこう。
(みどり)
サポートはとってもありがたいです(ㅅ⁎ᵕᴗᵕ⁎) 2023年年末に家族で一時帰国をしようと考えています。2018年のロンボク地震以来、実に5年ぶり。日本の家族と再会するための旅の費用に充てさせていただきます。