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松屋の豚汁と、おまけの牛めし

 さんむい。今年は暖冬かもしれないですね、と言った気象予報士のほっぺに冷え切った手を当ててやろうかと恨み節と共に僕はひとり街を歩く。

 夜ふけの街並み。するどく冷えた冬風が我が物顔で踊る時、僕はいつも牛丼チェーン店の松屋へ避難する。丼ものはなんだっていい、大事なのはそう「豚汁」だ。

 松屋の豚汁はうまい。というかデカい。どんぶりと同じサイズの腕になみなみと注がれている。到着したらいそいそとたっぷり七味を振りかけ、まず初めに大ぶりにカットされた豆腐にかじり付く。
 
 熱々の絹豆腐が口内で弾け飛ぶ。おふぉっふぉと熱さに思わず顔が上を向く。これがややしょっぱめの汁に合う。これよこれ。うんまいなあ。

「おまけ」に頼んだ牛めしを一口。甘めのばら肉と玉ねぎとつゆのしみた米。ああ、うまい。豚汁のしょっぱさの緩衝材としてちょうどいい。いつしか滲み出た額の汗が、この美味しさを物語っている。

 箸休めに紅生姜をつまんだら再び豚汁へ。根菜類がたっぷりと入った松屋の豚汁は箸を沈めるたびに具が釣れる。れんこん、里芋、にんじん。宝探しのようで楽しい。今日も大漁だ。そして豚汁とは銘打っているが豚肉はおまけ。松屋の豚汁は野菜を楽しめ。そして汗をかくんだ。

 豚汁との一本勝負が終わると残りの牛めしをお茶漬けのようにサラサラっと平らげてごちそうさま。満足げに店を出る。恨めしかった真冬の冷風が今やサウナ後の水風呂のように愛おしい。人は松屋でもととのうのだ。

 今度はただのライスに豚汁だけ付けて食べてやろうか。そんな勇気が出ないのは承知で「おまけ」に食べた牛めしの重さにちょっとお腹をさすり、夜の街を歩くのであった。

あなたのそのご好意が私の松屋の豚汁代になります。どうか清き豚汁をお願いいたします。