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納屋橋酔いどれふらふら日記。昼飲みデビュー編

天井がぐるぐると回る。ごうごう、無機質な空調からの冷風が酔いに酔って熱った体を逆撫でていく。僕は完全に酔っていた。

日々の目まぐるしい仕事を達成したご褒美に県内のビジホにわけもなく泊まる、という癖がある僕はこの日、名古屋クラウンホテルにチェックインしていた。

兼ねてから昼飲みに憧れがあった。休日に名古屋を歩いていると傍目に見えるサラリーマンをリタイアした老兵たち。そして何の仕事をしているのか分からないあやしい男たち。彼らは白い陽射しを浴びながら大きなジョッキを嬉しそうに傾ける。

「いいなあ」

素直すぎる四文字をいつも抱えて街を通り過ぎる。普段は車社会の生活なのでそもそも酒を昼に飲むことはない。それならば電車で酒場に向かい、大いに痛飲をすればいいじゃないか、と思うかもしれないが僕はけっこうな下戸なのだ。酔った状態で電車に乗って帰れる自信がない。逆方向に乗る自信はある。

そんなこんなでずっといいなあ、いいなあ、と呟き続けていたのだ。だがしかし、今日ついに昼飲みが僕のものになる。あらかじめ酒場の近場にあるビジホに泊まると決めたのならどんなに酔っても問題はない。コストはかかるが問題ないのだ。

そんなことを自分に言い聞かせたここは納屋橋。ナヤバシと読む。名古屋は独特な読み方の地名が多いな。正確には栄一丁目だ。

ディープでカオスな酒と女の街。うまい居酒屋と怪し過ぎる風俗店が軒を連ねる謎の街。今日ここで昼飲みデビューをするのだ。

昼と言ってもちょいと下がり気味の午後四時。あてもなく歩いていると信号の角に一軒の焼き鳥屋があった。入り口で年季の入った大将がもうもうと煙を立てて串を仕上げていく。

ここだ。なんだかいい店の予感がする。店内に入ると元気そうな女将さんと外国人青年のバイトの子がいた。照明は薄暗く、まだまだ明るい真夏の日差しとのコントラストで余計に暗く見える。

他に客はひとりだった。黙々と焼き鳥を食べ、ビールを流し込む。そんな静かなループをこなすおじさんが一人だけいた。いいねいいね、やや奥の席に座り女将さんを呼んだ。

「ハツとカシラと……あとバイスサワーってあります?」

バイスサワー。謎のピンクのバイスなる液体。それを焼酎で割ったもの。甘酸っぱくておいしいとよく聞くが、愛知県ではあまり無いという。さてここは。

「ごめんなさいね。うちバイスないのよ。似たような味の梅サワーならあるわ」

負けた。なかった。しかし代わりにやってきた梅サワーは大変よい味で、容赦なく降り注ぐ日差しを一時忘れさせてくれるものだった。焼き鳥のタレの甘辛さとも相待って、どんどん進んでしまう。うまい。おかわりも梅サワーを飲む。ごくごくと。

二杯目の真ん中に差し掛かった時だった。ぐん、と首の裏側の血管が広がる感覚があったのちに、顔に熱が集まるのを感じた。酔いだ。脳が徐々に思考を狭め、感触と視界とが今生きている世界と曖昧になっていく。いかん、早くも飲み過ぎだ。ここは会計をせねば。

慌てて、それでもあくまでも落ち着いた雰囲気を出しながら会計を済ませると、すたすたと外に出た。暗がりから一気に夏の陽光が肌を刺し「ひ〜」と声。モヤがかかった頭脳からはコンビニに行けと指令が出ている。

そして近くのコンビニに立ち寄り、ウコンの力を買ってごくごくと飲んだ。いやどう見ても飲むのが遅い。

 ふう、ついでに買った水も飲み込むと、顔の熱が治るまで少し休憩をしてから二軒目に飛び込んだ。お次は寿司屋だ。ここには変わった寿司屋がある。二十四時間営業なのだ。前から行ってみたかった。階段を登るといかにもな寿司屋が現れる。

適当に刺身を頼むと同時に

「日本酒はどんなのがありますか?」

と尋ねた。すると大将はうちはこれだけなんですよ、と小さなびんを差し出す。じゃあそれでと気軽に頼んだそれは三〇〇ミリリットルのものだった。しまった。一合くらいかと思ってたから多いぞそれは。

その後は闘いだった。酒強者のみなさんにとって一合半くらいの酒なぞノーカウントに等しいものだろうが、下戸の自分にとっては大いなる壁となる。なんとか飲み干すとその視界の全てが歪んでいた。階段の急な角度が恐ろしく、手すりを両手で掴んで降りた。

完全に酔った。見なくてもわかる。絶対に顔が赤い。こりゃもう無理だと、はしご酒はわずか二段目で終了し、ホテルへと飛び込んだ。ベッドに傾れ込むと天井がぐるぐると回っていた。

敗北と反省。酒の漫画によく出てくる呑兵衛の主人公なんかは

「陽の高いうちから呑む酒は最高だぜ」

というセリフを吐いたりもするもんだが、とりあえず僕にとってはあまり似合わないものとなった。周りの目線がサクサクと刺さり、それから逃げるためにどこか次の店はないかと赤ら顔で彷徨う不審者となってしまったからだ。酒が弱すぎる。

二軒目を終える頃にはふらふらで、学校帰りであろう高校生から完全に不審者を見る目で眺められてしまった。恥ずかしいなんてもんじゃない。昼飲みをするにはまだまだ修行が足りなかったのだ。

エアコンの強風が体を撫でる。赤い顔を治すにはしばらく時間ががかかりそうだった。

一軒目の焼き鳥と梅サワー。うまい。新人外国人アルバイトの子が頑張ってた。
二軒目。奥に置かれてるのが大いなる壁こと300ミリリットルの酒。多い。
とり貝は初恋の味らしい。寿司屋あるある?
よく見るとメニューがカオスすぎる。酔ってそれどころではなかった。また今度頼んでみよう。

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