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ごはん全滅、しょうが焼き定食

「しょうが焼き定食」

 男の子というのは未来永劫しょうが焼き定食から逃れられない運命にある。渋いたべものを少量頂く、大人になったら自然にできるものかと思っていたが、僕は今日も定食屋で元気よく「じゃあ、しょうが焼き定食で」と宣言してしまう。

 じゃあ、とか仕方なしに選んでいるふうを装っているが、そんなことはない。初めからこれが食べたかったのだ。

 名古屋市大須。ここに創業百年超えの老舗大衆食堂、互楽亭(ごらくてい)という店がある。ちなみに同名店舗が大須にもう一つあり、そちらは浅田真央ちゃんの行きつけだったらしい。僕がよく行くのは大須観音側の方だ。

 メニューを広げて悩むふりをするが結局頼むのはしょうが焼き定食だ。多分店員のおねえさんも気づいている。伝票を持つ彼女から「ほら、どうせしょうが焼きだろ?はよ頼めって」という心の声が聞こえてくるようだ。

 小さめのグラスに水が注がれる。これよこれ。定食が到着するまでにちびちびと冷酒を飲むように大事にいただく。本棚には古ぼけた漫画本。そっと佇む小さめのテレビ。壁には手書きメニューの数々。

店内に曲などはかかっておらず、ただただドラマで見るような昭和の定食屋の雰囲気。ああ、落ち着く。

 店員の元気な声と共にお目当てのしょうが焼き定食が運ばれてきた。付け合わせのキャベツの千切り。飴色にまで炒まった濃厚な玉ねぎ。そして大きめに切られた豚肉たち。

まずはたっぷりと胡麻ドレがかけられた千切りにかぶりつく。シンプルなうまさ。これだけでまずは米を一口ぱくり。脳内は完全にうまいモードだ。

 次に透き通るほどに炒められた琥珀のごとき玉ねぎをちびりと口に入れる。ジン、と舌にうまみが突き刺さった。これは濃い醤油味と玉ねぎの甘さ、その複合体だ。

米への欲求を最大限に引き出すこの一片。これだけで茶碗一杯はいけてしまう。

 しかしメインはやはり豚肉だ。ざぶとんのように広げられ、茶色く染まった熱々のそれを口一杯に頬張る。厚めの肉が歯に食い込む感触と脂身を断ち切る快感。そして肉に絡み込んだ先ほどの玉ねぎたちが肉の旨味を何十倍にも増幅させる。

 うまさの連鎖が止まらない。箸休めに夕方どきのワイドショーをちらり。曖昧に不安なニュースにふうんと頷き水を飲み込んで、さあ試合再開だ。

 気付いたらあっという間に米は全滅。みそ汁を啜り込んで今日も勝利を迎えた。おそらく世の中にはもっと上品で洗練されたしょうが焼きもあるのだろう。だけどこれがいい。
ごはんを全滅させるおかずこそ、最高の一品なんだ。

実物の写真。これがうまいんすよ。

あなたのそのご好意が私の松屋の豚汁代になります。どうか清き豚汁をお願いいたします。