絵を完全独学で描いてザワ…とされた話

私は地方の貧乏人の生まれなので行きたい学校に行かせてもらえなかった。
勿論美大に行かせてもらえなかったのである。
貧乏人なので塾も習い事も一切したことがない(多分同年代でこれは珍しいと思う)
だから絵に関しては学校の授業と高校の部活しかやったことがない。
高校の部活は親にかなり無理を言って油絵の道具を買ってもらった。
多分そんな高額なものを買ってもらったのは後にも先にもそれだけだと思う。
そのくらい貧乏なので一度たりと絵を習ったことはなかった。
高校の美術の非常勤講師にすら初っ端から「俺はみどりーぬには何も言わん(勝手に描いとれ)」と言われたので部活でも習ったことはなかった。

で、話は戻って中学の美術の授業で、隣の席の人と向かい合わせになって互いの似顔絵を描くという課題が出たことがあった。
「似顔絵なんて描けるだろうか」と私は危惧した。
何せ中学時代の私は漫画絵しか描いたことがなく、リアルな絵画で人間を描いたことがなかったからだ。
そもそもリアル人物画を描きたいわけではなかったので、人物デッサンもしたことがなかった。

実はその時は忘れていたが、小学生の時に誰か他の生徒の誕生日のプレゼントとして似顔絵を描け、と名指しされたことがあった。
無理矢理描いたものの「自分の好みの顔」にしかならず、ひとつも似てない「似顔絵」になって玉砕したことが、そういえばあった。

中学の美術で課題が出たその時は忘れていたが、今にして思えばそれで「リアル似顔絵は苦手」と刷り込まれたのだと思う。

で、当然どう描きゃいいんだ…と少し悩んだ。
私はコミュ障なのでクラスでも仲良しは少なくまあほぼぼっちだったので、隣の生徒とも全く仲良くなかった。
その仲良くない人と顔突き合わせて描くのも苦痛だったし、向こうだって仲良くもない顔面不自由な隠キャと向かい合わねばならないのはこちらの想像を絶するほどの苦痛だっただろう。

しかし、やれと言われたらやるしかない学生の身なので、とりあえず向かい合って観察した。
でもこんな隠キャにじろじろ見られるのは不本意だろうからサッと終わらせたかった。
リアル人物画には輪郭線がないのがどうにもやりづらい。とその時は思った。

のだが、その瞬間ふと自分が漫画絵を描く時の癖はとりあえず横によけて見たまま描けばいいんじゃね?
という考えが頭に落下して来てぶつかった。

私は内心「見たまま…見たまま…」と唱えながら相手を観察した。
手癖で描いてしまうのではなくとにかく見たままの形を取る。
それだけに集中した。
その時の課題は可能ならば彩色までやるようにと言われていた。
手癖ではなく見たままの形の輪郭線、髪型、目の形、…と描いていく。
不意に相手の顔の特徴がへの字口であることに気がついた。
相手は色白で私と違って顔が整っていた。
ただ常々独特の顔付きだなと思っていたのだが、その独特の顔付きの決定打がへの字口であることに気がついたのだ。
なんか独特の雰囲気だと思った…と一人しきりに感心しながら「見たまま…見たまま…」とやはり内心唱えつつ鉛筆画を描き終え、彩色に入った。
これも「見たまま…見たまま…」と唱えつつ着彩する。
相手が色白なのをいいことに、大半の肌は着彩をほぼせず、顔のオプションパーツは濃くし、髪の色も(染めてもいないのに)薄い色だったので、薄めに塗った。
薄めなので陰影つけるのは楽だった。
結果、時間に余裕を持って描き終えた。

時間が来て回収された絵を美術の先生がチェックした。
突然、「うん!」と唸った。
「絵はこうやって描くんだ、みどりーぬのこれはいい」
と先生はわざわざ立てて私の絵を全員に見せた。
その瞬間教室中が「ザワ…」とどよめいた。
私はまさか全員の目の前で公開されるとは思ってもいなくて焦ったがどうしようもなかった。
変な風に注目を集めるのも嫌だった。
ただ美術の先生が心から誉めてくれたのはわかったのでそれだけは嬉しかった。

ちなみにこの時、まだ知り合う前の文書きの相方も当事者だった。
クラスは違ったのだが選択科目で美術を取っていた複数クラス合同の授業だったので、一緒になったのだ。
その当時は顔を見たことがあるくらいでお互い仲良くもなんともなかったが、後年友達になってからもこの時の話は語り草になっている。
「みどりーぬのあの絵、I(私が書いた相手)そっくりだったからあん時教室中『ザワ…』ってどよめいたもんね!みんなびっくりしてたわ!私もあれで絵ー諦めたわ!あんな風に描けないわ〜って」
と思い出すたびに言われる。

この時私は「見たまま描けばリアル人物画も描ける」ということを学んだ。
もっと言えば「先入観を無くすと描いたことのないものも描ける」ということを知ったのだった。

この経験は後々の私の絵の糧になったのだった。

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