流れは塵とともに
流れる
農家の朝は早い。
都からは程遠く離れた村。それでも小さいながら市も立つし、行商の旅人が少なからず行きかう山あいの農村。
みつは、今朝もかまどに入れる木ぎれを納屋に取りに行く。昨夜の雨も上がり、空気が新緑の匂いを包む。
ここへ来て嫁入り話がぽつりぽつりと交わされるようになった。みつ自身、深い考えも無くそんなものだと受け止めていた。
人の気配を感じてふっと目をやると、朝もやの中で舞う女がひとり。桔梗… 水干を身に着け白拍子の流れを汲むという舞手。
桔梗が舞うと、桜も吹雪くという。
艶やかなその姿は姉の舞手、葵とはまた異なった美しさを持つ。旅の歌人は葵を三ヵ月と詠んだ。
「誰? 」
「あっ! 」見てはいけないものを見てしまったように、みつは頬を赤らめた。
「お前は誰?」
「…… みつ…… 何度も見ている。桔梗の舞は何度も何度も見ているもの」
桔梗は、ひたい横に翳すように置いたその手をするりとおろし、みつに向かって一歩、二歩…… みつは思わず言葉を探した。
「こんな時分から桔梗は稽古か? 奉納は済んだというに……」
「何を今更……」そう言いながら、右頬の下から顎にかけて遠目にはわからない、うっすらと青いあざがある桔梗の顔が、かすかにほほえんだ。
「わたしも葵も、舞いたいと思った時はいつでも舞う。たとえ金にはならずとも…… 運良く通りすがりの誰かが見ていて、請われれば御の字じゃ。舞手と遊女は紙一重、それゆえそなたではのう……」
冷たさが漂う桔梗の物言い。みつが感じた一瞬の怒りは、その冷たさの中に横たわる熱に封じ込められた。
「我らのような者は皆似たりよったりじゃ」
運めと言うならば、それ以外にどうやって生きる? じっと見つめる桔梗の目はそう言っているようにみつは思った。そして息苦しいような沈黙の中で、自分の胸に朱の花弁がハラリと落ちるのを感じた。
それから程なくして、桔梗が消えた。
天狗に連れ去られたのを見た者がおる。
いや、足を踏み外して川に落ちたそうだ。
まさか、河原に住む者が川に喰われたか。
桔梗の舞が見れんのは残念じゃ。
今年は雨の具合もちょうどいい。秋の実りを楽しみにせっせと田畑を耕す。
「のう、みつ、足も腰も痛うてかなわんが、明日の身もわからぬような者もおる。それを思えば、百姓はまだまだ幸せじゃ…… 葵も不憫よのう」
おばばの言葉にかすかに微笑みを返しながら、みつは手を休めることなく苗を植えてゆく。秋にはこれが黄金の稲になる。
村の者は桔梗と葵を好奇な目で見ていた。そしてその母の死んだ京を……
この美しい親子は自分達とは違う者。何がどう違うのか、そこには触れることもなく近寄るものではないとみつは何度となく言われていた。
不憫と言いつつも、言葉の奥に蔑みがあることをみつは感じていた。そしてそれをことさらおかしなことだとも思わずにいた。
桔梗と言葉を交わすまでは……
あの後、桔梗はなぜあのようなことを口にした?
後半へ続く
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