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《ありんこ》このnoteには、ありんことタイトルをつけよう


背の高い木にさえぎられ、日陰ができた縁側でトウモロコシを食べた。

まだ小さな口でかぶりつく弟。ぽろりと粒が足元に落ちる。

なんでわたしは弟とふたりでここに来ているんだろう。

たいしてなじみのないこの場所に放り込まれた夏。

なんでふたりだけでここに来ているんだろう。

セミの声がやけににぎやかだ。

汗とトウモロコシでべたべたする弟の口を、ハンカチでぬぐった。

弟はニッと笑う。

「そうだね、あとでトンボ捕まえに行こうか」

「うん、わかってる、おばあちゃんが呼んでるね」

「おつかいに行かなきゃ。きっと今夜のご飯はまたほうとうなのかな」

足元に落ちたトウモロコシの粒に蟻が気が付いたみたい。

いいよ、蟻に運んでもらおう。

ひぐらしが鳴くころまでにはきっと

きれいになってるよね。

ほら、おばあちゃんが呼んでる。


小学校二年生の夏、母に言われて三歳の弟とふたり、山梨県の富士吉田にある祖父の実家に行った。祖父も祖母も結婚前に東京に出てきていたので、その実家という場所は曾祖母が亡くなって以降半空き家だった。時折お墓参りを兼ねて祖父母がその家に滞在する時以外は、日々町の集会の等に利用してもらっていたようだ。
 
たいそう古く、柱も天井も黒く光り子供の目では価値よりも、落ち着かない怖さが漂う家だ。
箱階段があった。
ただし二階に登った記憶はなく、そこへの入り口は閉ざされていた。

そして一番きつかったのは、弟とふたりそこへ辿り着くまでだった。新宿までは母に送ってもらったけれど、その後は頼る人がいない。
途中の大月駅では乗り換えの電車を間違えそうになった。
とにかく駅について祖母の顔を見るまではしっかりしなくちゃいけない。張り詰めた気持ちで弟の手を引いていた小二のわたし。
これにフィクションを交えて物語として書いたものがこれ。

冷凍みかんと小さな弟

本音は今書いているこちらの文章です。

その場所にどれくらい滞在していたかよく覚えていない。かなり長い間いた気がする。

わたしはその夏にそこへ行きたいと思ったわけではなかった。
そしてなぜわたしはそこで夏休みを過ごさなければいけないのか、意味がよくわからないでいた。
間違いないことは、母に頼まれたから。そこだけだった。
弟を連れて田舎に行く。母がそれを望みわたしは頼まれた。それを聞き届けてあげれば、母は喜ぶ。母が喜ぶことは何でもやろうとしていた。
小学生の頃のわたしは、そういう子だった。
誰も悪くないことも知り抜いていた。

お母さん、いなくならないでね

この年の夏の記憶は揺れている。揺れたままいつまでもよく覚えている。
親戚がたくさんあったその場所で、仲良くなった女の子がいた。その子の家にも泊り、そのことが楽しい記憶になって残っている。
そう、この夏の記憶はわたしにとって、何故か『楽しい夏休みだったことになっている記憶』だ。

本当は不安だったんだ。弟とふたり黒光りする家で夏休みの間寝泊まりをする。その理由がわからないまま、お願いと母に懇願されたことが。
そのよくわからない不安を抱えたまま、わたしはどこまでもお姉ちゃんだった。

小学校二年生の夏。弟がとてもかわいく、愛おしかった。


#エッセイ #ノンフィクション #弟 #お姉ちゃん

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