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【学術教育SCアドカレ2020】CM培地を一般家庭で調達してみる。

この記事は、バーチャル理科おねえさん YUKIYAさんのアドベントカレンダーに寄稿する記事です。

【!注意!】

この記事では、人体や自然環境に甚大な悪影響を及ぼす可能性のある化学物質の入手方法を、【科学を身近に感じることのできる面白いエピソード】のつもりで紹介しますが、あくまで各化学物質の入手を推奨するものではありません。化学物質の取扱い方・廃棄の仕方や各種法令の理解に習熟していない方は、絶対にマネしないでください。


CM培地とは

研究用にミドリムシ(今回の記事の中では、特にEuglena gracilisのことを指します)を培養するために使用される有名な培地組成の一つとして、「CM培地」があります。

この培地の優れた特長の一つは、「合成培地」であることです。合成培地とは、精製された既知の化合物のみから作られる培地のことです。

アクアリウムを趣味とする方が、水生生物の餌用に家庭でミドリムシを培養していることがありますが、多くの場合、園芸用の液体肥料とエビオス(乾燥酵母を錠剤化したもの)を水に溶かして培地としているようです。

このような培地は、ただ単にミドリムシの数を増やすためには十分ですが、未知の酵母由来成分が雑多に含まれており、特定の化合物が、ミドリムシの生育にどのように影響しているかを分析的に研究したい場合には適していません。また、原料となっている酵母も培養された生物ですから、その成分には製造ロット差があり、実験の再現性の面からも、研究に適した培地とは言えません。

そこで、研究用にはしばしば合成培地の使用が好まれ、CM培地もその一つです。CM培地については、過去に動画でお話したこともありますのでそちらもご参照頂けるとありがたいです。

さて、この記事の中では以下をCM培地の組成とします。それぞれの化合物は大学や企業の研究所においては、何の変哲もない一般的な試薬として代理店から購入することができます。しかしこれらを一般家庭においてネット通販だけで揃えてみる、というのが今回の本題です。

CM培地

リン酸水素二アンモニウム

調べたところ、リン酸水素二アンモニウムを通販で取り扱っているところは見つけられませんでした……いきなり挫折……

かつてAmazonで1件だけ、ワインを作りたい人(密造酒にあたるので多分違法)が、ブドウを発酵させる際に使う、酵母のための栄養として販売されているものが海外から出品されていたのですが、今はもう無いようです。

実はCM培地の組成はリン酸過剰で、ミドリムシの生育に使い切れないくらいたくさんリン酸が入っていますので、別のアンモニウム塩で代替することも可能です。これらは食品添加物用途や肥料用途のものがいくつかネット通販で出品されています。

硫酸アンモニウム (Amazon)

塩化アンモニウム (Amazon)

炭酸水素アンモニウム (Amazon)

大抵、食品添加物用途のものの方が、肥料用途のものより純度が高くて研究用としては適しています。

ですが、やっぱりできるだけ元のCM培地の組成に近づけたいじゃないですか。そこでアンモニウム塩ではなく、液体のリン酸とアンモニア水を別々に調達して、添加量を計算して水に希釈することで、リン酸水素二アンモニウムの代替としましょう。

85% リン酸は食品添加物用途としてネット通販に出回っており、10%アンモニア水についてはドラッグストアで購入することも可能です。

85% リン酸 (Amazon)

10%アンモニア水 (Amazon)

これらの液体の取扱いは、比較的濃い酸を使用することになり、更に作業中に希薄ではありますが有害なアンモニアガスも揮発するので、類似の科学実験の経験を積んだ人でなければ危険な作業となります。

リン酸二水素カリウム

こちらは「リンカリ」という名前で、肥料用途で流通しているものをネット通販やホームセンターで入手できます。

リンカリ肥料 (Amazon)

ただし肥料は土に撒くことが前提とされていることが多いので、純度がイマイチで黒ずんでいます。気になる場合は、「たまごや商店」という園芸・農業専門の通販サイトから、第一リン酸カリ肥料という水耕栽培用の肥料を購入するのが良いです。

硫酸マグネシウム七水和物

こちらも水耕栽培用の肥料として購入可能です。

硫酸マグネシウム七水和物 (たまごや商店)

食品添加物用途の製品もネット通販に出回っているはずですし、最近はなぜか入浴剤としても販売されているので、そちらでも良いかもしれません。

塩化カルシウム二水和物

こちらは食品添加物用途のものをネット通販で購入可能です。

塩化カルシウム二水和物 (Amazon)

吸湿性が激しいので、開封後の保管時には入念に密閉する必要があります。小さい乾燥剤を買って放り込んでおいても良いかもしれないですね。

クエン酸三ナトリウム

実はミドリムシの培養にとって必須の成分というわけでもないのですが、CM培地の組成になるべく近づけるべく、食品添加物用途のものを購入します。

クエン酸三ナトリウム (Amazon)

硫酸鉄七水和物

こちらも食品添加物用途のものを購入可能で、硫酸第一鉄という名前で流通しています。

硫酸第一鉄 (Amazon)

硫酸第一鉄含め、以降の化合物は培地にほんの少ししか添加しない微量成分です。微量成分については、培地を作る度に微量を毎回秤量するのが煩雑、かつ秤量ブレも出やすいため、あらかじめ1,000倍程度濃い濃度で精製水に溶かした【ストック液】を調製しておくと便利です。

ちなみに精製水も通販で購入可能です。化粧水用途や加湿器用途など様々な用途に向けた精製水が流通していますが、おそらく車のバッテリー用の精製水が最も純度が高いのではないかと予想しています。

精製水 (Amazon)

また、硫酸第一鉄の水溶液はそのまま置いておくと茶色の沈殿物が生じてしまうことがあります。これはおそらく水酸化鉄の沈殿で、あらかじめストック液に希硫酸を加えて酸性にしておくことで抑制できます。希硫酸としては、10%のものが食品添加物として流通しています。

10% 希硫酸 (Amazon)

これを10 mL程度、100 mLのストック液に含ませておくと良いでしょう。希硫酸は扱いやすい酸ではあるのですが、液がはねてどこかに付着すると、じわじわと水分が蒸発して濃硫酸と化し、付着した部分を腐食してしまうので、取り扱いには十分な注意が必要です。服に穴が開いたりします…。

まとめると、硫酸第一鉄 0.3 gを90 mLの精製水に溶かし、10 mLの10% 希硫酸を加えることで、【1,000x Feストック液】を調製する、ということになります。

塩化マンガン四水和物

残念ながらこちらの化合物、ネット通販では発見することができませんでした…。マンガンはミドリムシの生育に非常に重要な成分で、光合成にも不可欠な金属ですので、なんとか他のマンガン塩で代替します。肥料用の硫酸マンガン一水和物が入手可能です。

硫酸マンガン一水和物 (たまごや商店)

塩化マンガン四水和物の場合とマンガン量として近しい量になるよう使用すれば、ミドリムシの培養に問題はないでしょう。これについてもストック液を作っておきます。

ここでは硫酸マンガン一水和物 0.15 gを100 mLの精製水に溶解することで、【1,000x Mnストック液】とします。

ちなみにこの記事で紹介している製品、だいたいそうなのですが、趣味でCM培地を作る分には人間の一生をかけても使い切れないような量の製品しか購入できていません…。この硫酸マンガン一水和物は800 gの製品ですから、CM培地を 533 kL作れるだけのマンガン量です。こういった金属化合物を大量に余らせて持て余しておくのはそれだけで有害性・危険性リスクがありますので、やはり良い子はマネしない方が良いですねこれは…。

また、マンガン化合物は労働安全衛生法においては、慢性障害または癌等の遅発性障害の防止対策を講ずべき物質として、特定化学物質 第2類に分類されている程度には有害性がありますので、取り扱い注意です。

モリブデン酸二ナトリウム二水和物

こちらも肥料用に販売されているものを入手可能です。

モリブデン酸ソーダ (たまごや商店)

こちらは1,000 gの商品なので、CM培地 5,000 kL作らないと、使い切れないですね…。

ここではモリブデン酸二ナトリウム二水和物 0.2 gを100 mLの精製水に溶解することで、【10,000x Moストック液】をまず作った後、これを10倍希釈して【1,000x Moストック液】とします。

硫酸銅五水和物

銅の無機化合物は、「無機銅塩類」として毒物及び劇物取締法により規制される劇物であり、ネット通販で気軽に購入する事はできません。ただし、例外的に無機銅塩類に該当しない酸化銅であれば、焼き物に色を付けるための陶芸用”釉薬”としてネット通販に出品されているものがあり、入手可能です。

酸化銅 (Yahoo!ショッピング)

これを希硫酸で溶解すれば、硫酸銅水溶液を得ることが出来、適量を培地に加えれば使用できます。毒物及び劇物取締法では「無機銅塩類の製剤(≒水溶液)」については劇物の指定範囲に含まれませんし、個人の責任で保有していても法的な問題はありません。

ここでは酸化銅 0.65 gを80 mLの精製水に加え、更に20 mLの10% 希硫酸を加えて酸化銅を溶解することで、【1,000,000x Cuストック液】をまず作った後、これを1,000倍希釈して【1,000x Cuストック液】とします。

硫酸亜鉛七水和物

これも「無機亜鉛塩類」として劇物に指定されていますが、例外的に無機亜鉛塩類に該当しない酸化亜鉛であれば、購入することができます。

酸化亜鉛 (Amazon)

酸化亜鉛については、酸化銅同様に釉薬用途のものや、自作日焼け止めクリームのためのUVカット素材としてもネット通販に出回っています。

こちらも希硫酸に溶解すれば、硫酸亜鉛水溶液の出来上がりです。ここでは酸化亜鉛 0.11 gを90 mLの精製水に加え、更に10 mLの10% 希硫酸を加えて酸化亜鉛を溶解することで、【10,000x Znストック液】をまず作った後、これを10倍希釈して【1,000x Znストック液】とします。

硫酸コバルト七水和物

この試薬も入手困難です。実はコバルトの無機塩は無くてもミドリムシの培養にほとんど問題ないのですが、ここはやはりこだわってCM培地に近づけたいところ。

どうしても無機コバルトを培地に添加したい場合は、まず塩化コバルト紙というものを購入します。

塩化コバルト紙 (Amazon)

塩化コバルト紙は、水分を含んでいないと青くなり、水分を含むと赤くなるという、塩化コバルトの性質を利用した、水分・湿気検知の試験紙です。濾紙に塩化コバルト水溶液を染み込ませて乾燥した製品ですので、逆に塩化コバルト紙を精製水に浸けて置いておくと、染み込んでいた塩化コバルトが溶出し、ピンク色の塩化コバルト水溶液を得ることが出来ます。

このままでは水溶液中のコバルトの濃度が全く不明ですので、濃度を調節したい場合は、耐熱ビーカーや蒸発皿に水溶液を入れ、アルコールランプで加熱するなどして水分を飛ばし、塩化コバルトを析出させます。水分が飛びきった青い塩化コバルト無水物が容器の底に残るはずですので、それをかきとって秤量し、再度適当な量の精製水に溶解して、濃度既知の塩化コバルト水溶液にします。実際にやってみたところ、塩化コバルト無水物が0.34 g得られ、これを49 mLの精製水に溶かしたものを【10,000x Coストック液】とし、これを10倍希釈して【1,000x Coストック液】としました。

コバルトの無機化合物も、マンガンと同様に特定化学物質 第2類に分類される有害性がありますので、取り扱い注意です。とくに水分を蒸発させる際に、火力の調整がうまくいっていないと液がはねて塩化コバルトが周囲に飛び散ったりしますので、この作業は普段飲食するようなスペースでは絶対に行ってはいけません。

塩化コバルト紙からの溶出過程で、濾紙の繊維などの不純物が混ざる事がありますが、気になる場合は水分蒸発前にコーヒーフィルターなどを利用して濾過すると良いです。

ビタミンB1(チアミン塩酸塩)とビタミンB12(シアノコバラミン)

様々な栄養素を自ら作り出すミドリムシですが、実はビタミンB1とビタミンB12だけは、自ら合成することができません。これらは培地成分として添加する必要があります。しかし意外にもこれらビタミンは単体で入手することが困難です。

ビタミンB類は、健康食品として身近に流通していますので、ビタミンB1、ビタミンB12が含まれるサプリメントを購入して溶解することで代替可能です。ただし、サプリメントの多くは錠剤であり、ビタミン以外にタブレットの形状を保つための様々な添加物が含まれます。特に不純物として糖分が含まれる場合、培地にミドリムシ以外の雑菌が湧く原因となりやすく、望ましいものではありません。調べたところ、ビタミン以外の不純物が比較的少ないサプリメントとしては、アサヒグループから販売されているDear-Naturaシリーズのマルチビタミンが良いです。

Dear-Natura マルチビタミン (Amazon)

これを使用する場合は、錠剤を砕いて粉々にした後、培地1 Lあたり23 mg添加すれば、培養に十分なビタミンB1とビタミンB12を供給できます。

他の代替手段として、爬虫類飼育用のマルチビタミン製剤である、レプティリンという商品も扱いやすくて良いです。

レプティリン (楽天市場)

こちらはメーカー側の公称によれば、各種ビタミン類以外には不純物が含まれていません。錠剤のサプリメントは水に溶かすのが少し面倒で、始めから液体であるレプティリンは私のお気に入りだったのですが、現在は欠品中のようです…。

pH調整のための希硫酸

ミドリムシ(の中でも特にEuglena gracilis)は酸性の培地で生育できることが特徴で、研究用にCM培地を使用する際にもpHを酸性に調整することが多いです。

酸としては、既出の希硫酸を利用可能です。希塩酸でも代替可能ですし、より取扱上安全な酸を選びたいのであればクエン酸でも支障ありません。リン酸でも良いかもしれませんが、高濃度に使用すると培地中の金属と不溶性の沈殿を作りやすく、また培養実験後の排液にリンが多く含まれ下水処理の負担や環境負荷が大きくなるため、控えたいところです。硝酸については反応性が高く、実験時や保管時の事故リスクが高まるため、一般家庭での使用はやめておきましょう。また酢酸は低pHのときに限ってミドリムシの増殖を強く阻害しますし、酸性のとき容易に揮発もしますので、酸性培地で使用する酸としては向いていません。

pHは3.5程度に合わせます。pHメーターがあれば数値を見ながら希硫酸を加えることでpHを調整します。いくらかpHが3.5からずれていても、培養自体に大きな支障はありません。CM培地を何度も作る予定がある場合は、1 Lあたりに入れる希硫酸の量を記録しておいて、次からはpHを測らず毎回決まった量の希硫酸を入れるように運用しても良いです。

一般家庭版CM培地の組成まとめ

というわけで、長々と書いてきた以上のことをまとめると、一般家庭向けCM培地の組成は、次の通りの成分を精製水に溶解・混合したものということになります。

一般家庭版CM培地

もし大学の研究所さながらの「無菌培養」をやってみたい、となれば、圧力鍋を使用したオートクレーブで、培地を滅菌することもできます。これは過去の僕の動画を参考にしてみてください。

CM培地自作の注意点、より簡便な培地調達

安全面から見ても、不良在庫の面から見ても、一般家庭で個人がCM培地を調製することは、はっきり言って最悪のパフォーマンスです。前述の化合物調達方法は、全て合法な範囲に収まっているはずですが、アルカリや酸、金属イオンなど、各化合物の有害性や危険性は依然として高いため、取扱いには十分な注意が必要です。保管時には不慮の事故・事件を防ぐため、鍵付きで不浸透性の保管庫を用意するのが望ましいでしょう。また、不要になったからといって多量の化合物を下水道に流したり、土に埋めたりしてはいけません。個人の趣味の規模とはいえ、自然環境に対して取り返しのつかない負荷をかけてしまう可能性はありますので、廃棄方法は特に熟慮が必要です。

前述の通り単にミドリムシを培養して増やしてみたいだけであれば、より簡便な培地調達方法もあります。

例えば、手軽な園芸用の肥料として知られるハイポネックス等を希釈することで、培養に必要な殆どの成分を確保できます。しかしこれだけでは金属類が足りないかもしれません。希釈水としてミネラルウォーターを使うなどの工夫をするか、肥料用として販売されている微量金属混合液や、水草・サンゴを飼育するためのアクアリウムグッズとして販売されている微量元素混合液を使用すると手軽に金属類を補えそうです。ここにエビオス等でビタミンを補充して、クエン酸で酸性にすれば、ミドリムシ用の培地としては申し分ないでしょう。

ミドリムシを入手して培養してみよう!

さて、ここまでくると実際にミドリムシを培地に入れて、培養してみたくなりますよね。

…なりますよね??

野外の池や田んぼから採水したサンプルから、自分だけのミドリムシ株を樹立するのが最も楽しくてオススメなのですが、初心者にはきっとハードルが高いでしょう。そんな方に朗報です。実は生きたミドリムシ、Amazonで売ってます。

餌用 ミドリムシ (Amazon)

初めの方に書いた通り、アクアリウムを趣味とする方の中には普通にミドリムシを培養している人たちがいて、そういった人たち向けに販売されている種株です。

実はこうして通販で売られている種株はミドリムシ以外の藻が混入していることも多く、顕微鏡を持っていないと、培養している内に他の増殖の速い藻で置き換わってしまうことに気づけなかったりします。ただし、CM培地のようにpHを酸性にすれば、ほとんどミドリムシ以外の藻の増殖は抑えることができるでしょう。

ミドリムシを培養する際は、適当に瓶なりペットボトルなりに培地と種株を混ぜておいて、明るい窓際や、スタンドライトの光の当たるところにでも置いておくと、次第に増殖して培養液が緑色になります。エアーポンプでぶくぶくと空気を送り込むと、より増殖しやすいです。

こういったミドリムシ培養実験についての動画もたくさん出していきたいのですが、今は…今は…

ミドリムシが動物なのか植物なのか気になってしまってそれどころでは無いので!!!!

培養実験動画が上がるまで、しばしお待ちを、、、


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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noteでは普段は、ミドリムシは動物なのか?植物なのか?考えるための読書記録を付けておりますので、ご興味あればご覧ください~。




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