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待ち遠しい

「やっぱり、しんどい思いすることにいちばん価値があるってことになってるからとちゃいます?」

「待ち遠しい」より


苦労して日常を過ごすことに対して、私たちは当たり前のように感じている。
しかし、それは「自分がこんなに頑張ってるんだから、みんなももっと苦労しろ!」と自分の基準を押し付けているのではないか。
苦労こそ価値あり。これは、日本人ならではの美学に感じてしまう。
私は、海外に移住したことも旅行したこともないため、安易に比べてしまっては失礼だとは思う。
ただ、「しんどい思いをすることが大事」という思考には疑問を抱く。
例えば、無痛分娩。
お金がかかるしすべての産婦人科が対応しているわけではないだろうから、希望していてもできない人が多いのかもしれない。
しかし、日本は他国と比べて、無痛分娩の浸透率が低いという結果が出ている。

日本の無痛分娩の割合が低い理由に「忍耐を美学とする国民性」が挙げられます。「痛みに耐えてこそ出産」、「痛みを伴わない出産では赤ちゃんに愛情が湧かない」、「無痛分娩なんて甘えている」等の考え方が日本の無痛分娩の割合の低さに影響を及ぼしているようです。

世界の出産事情 無痛分娩の割合は? 日本の無痛分娩の割合が低い理由 より

もちろん、無痛分娩のリスクもあるため、必ずしも無痛分娩が良いともいえないのかもしれない。
しかし、日本の美学が故無痛分娩という選択肢を消し去ることがあれば、そのような美学は果たして必要なのか?と考えてしまう。

「忍耐こそ美学」では、働き方にも顕著に表れている。
毎日のような残業はまさに言えているし、YouTuberなどのお金の稼ぎ方は一見「楽して稼いでいる」ように見えるかもしれない。
実際、クリエイターと言われる方々は楽しんで仕事しているように見えるが、そのような働き方を見出した姿勢や努力は見習うべきだ。
と言いながら、「実は苦労してるんじゃないの~?」と他人のキラキラした姿の裏を探るような真似も、「忍耐こそ美学」を推奨する内のひとりにしか過ぎないんだろうな。あーやだやだ。

「待ち遠しい」の主人公・春子は、一人暮らしを謳歌しながら、仕事をこなし、たまの息抜きとしてカフェで一息つく時間を設けている。
その姿が、春子の上司からしてみれば「お気楽で、贅沢で、自分たちに比べて得をしている」ように映るそうだ。
しかし、春子は自分のご機嫌の取り方を知っているだけであり、何も悪いことをしていない。
そのやり方が「うまい」と言うなら、「どうぞあなたもやってみなさいな」と反論したいところだ。
私も、カフェでひとりのんびりする時間が好きだ。
コーヒーが好きなのもあるが、落ち着いて洗練された空間という「付加価値」が自分にとって心地いいのだ。
「自分で自分の機嫌を取る」に関連して、「元気がない時こそ派手な服を着る」ことも大切だと最近気づいた。
クリエイター「あさぎーにょ」が、動画内で「落ち込んでいるのに、スパンコールとかキラキラな服装な人ってあんまおらんよな」という発言をしていて、妙に納得してしまった。
元気がない時こそ、キラキラとか、柄物で気分を上げていく行為こそ「じぶんの機嫌を取る」上手なやり方なのかもしれない。
今日は雨模様で、家にいても寒く、気分が乗らない。
ということで、私もあさぎーにょにあやかって、ゼブラ柄のワンピースを着ている。
億劫な時こそ、上下スウェットで一日中過ごしたくなるが、まずは形から入ることも大事なのだ。

「しんどい思いすることに価値がある」
「自分で自分の機嫌を取ることが、お気楽で得だな」
そんな周りの声に振り回される春子だが、春子は大きく取り乱すことはない。
この話は、「自分の価値観を再確認する旅」なのだ。
春子は結婚をしていないし、恋人もいない。欲しいとも思っていない。
それでいいはずなのに、たまに友人と会ってたわいもない話をするだけでよかったのに、自立した今の生活で十分ななずなのに、周りの価値観の押し付けがプレッシャーになることはよくある。

以下は、夫に先立たれてしまった、同じく一人暮らしの隣人女性が、知り合いの男性と春子をくっつけようという企みをし、その厚意に嫌気がさした春子の台詞である。

「わたしは、一人暮らししてて、それはもろん困ることもあるし、さびしいと一瞬も思わないわけではないですけども、だからって電球替えてもらうために誰かと暮らすわけじゃないと思うんです」

待ち遠しい より

寂しさを埋めるためや、社会的地位を見出すために恋人を作る必要はないと、春子はわかっていた。
しかし、その考えとは正反対の人も世に中にはもちろんいるわけで、異なる意見がぶつかることもよくある。
完全に理解し、賛同できることばかりでないだろう。
ただ、せめて、自分の考えを声に出してみたほうがいいのだと、このとき感じた。

色んな人がいる。
結婚して寿退社して、若いうちに子どもを産みたい人。
元気なうちにバリバリ働いて、おひとりさまを謳歌したい人。
趣味に重きを置いて、働きやすい環境でやりたいことをのびのびやりたい人。
どのようなライフスタイルでも、輝いているし、尊重するべきなのだ。
私が生まれる、ずっと昔は、そうもいってられなかっただろう。
そういった意味では、良い時代になってきている、と思う。
モノの豊かさだけでなく、価値観の豊かさも向上しているのだ。
様々なライフタイルが受け入れられつつある、とはいっても多様性と呼ぶにはまだまだ発展途上だけど。
「待ち遠しい」は、そんな世の中を推奨する、令和の新時代に相応しい物語だ。

明日を迎えるのが、待ち遠しい。
そんな生活を送ることができたら、うんと自分をほめてあげよう。


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