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百円の恋  弱い自分を殴る、強い自分を迎える

半年ほど前から、ボクシングジムに週一で通っている。
Amazonで購入した、2000円のグローブ。自宅に届いた時、祖母がたまげた、とやたらびっくりしていたのも無理はない。私を知る人で、ボクシング、ましてやスポーツのイメージなんて誰も浮かばない、と言い切ったっていい。
鈍臭く、運動音痴な人間はボクシングと無縁である。言われなくてもわかっている。
ボクシング観戦が好きなわけではない。
好きな人がボクシングをしていたわけでもない。
何故ボクシングだったのか?

百円の恋という、恋愛映画がある。恋愛映画という名の、1人の女性の成長を映した作品である。
主人公の安藤サクラは、実家に引きこもり、テレビゲームばかりしていたが、ボクシングを始めたことにより、見た目も中身も逞しくなっていく。
その作品を観て、どんどん強くなる主人公に心を打たれ、涙を流した。いじめられっ子の甥にボクシングの技を教えたり、失恋しても愚痴ることなくひたむきにボクシングと向き合ったり。口数が多いわけではなく、行動で成長を示す姿勢がかっこいい!と観た当初強く思った。
そして、今も思っている。
数年後、自分も気がついたらボクシングを始めていた。
強くなりたかった。心が強い人に憧れた。

自律神経を整えるのに、適度な運動が必要であると、有名な著書『スマホ脳』にも書いてある。
シンプルであるが、運動ってのは、本当に大切だ。
運動に時間とお金をかけるなら、別のことに費やしたいと考えていた。服を買う方がよっぽど有意義だと思っていた。アホくさいが、本当の話だ。
しかし、そうも言ってられなくなった。
弱いのだ。心が。
自己肯定感が過去最低に達し、目標もない、張り合いのない日々を送っていた。
そんな時、ふと思い出したのが、劇中の安藤サクラの目の鋭さ。機敏な動き。
ああなりたい、と思った。

1人でジムを見学した。
細身で坊主の、黒のジャージに黒のマスクのひょろっとした男性が案内してくれた。この方がジムの会長。メガネ越しの目が鋭い。
身近にいる人間の中でいちばんの強面だった。しかし、そんな印象とは裏腹に、優しい優しい人であった。
ジムのインスタをこまめに更新。絵文字多め。
会員と仲良さげに話している。
駐車場がなかなか狭く、駐車に苦戦していると、代わりに運転してくれる。
甘いものが好き。
入会の動機を聞かれた。ダイエット目的とか、プロを目指すとか、人それぞれだから、事前に知っておく必要があるのだろう。
強い心を持ちたい。
心療内科を受診するより、薬を処方されるより、まず、運動を始めて、心を元気にしたい。正直に話した。
会長は根掘り葉掘り聞くこともなく、いいと思います、とだけ答えた。
それがよかった。
その日以来、心の調子を心配する話などはされないが、ただ真剣に、静かに練習に付き合ってくれる。
運動というものを体育の授業でしかやってこなかった人間であるが故、何もかもポンコツである。
なわとびもろくに飛べず、反対の腕でジャブを打ち、腰を捻る、という基本を何度も指導させる。
正直、ボクシングを始めて、スキルというものはさほど身に付いていないように思う。
しかし、ボクシングジムという居場所を得たことは大きい。
仕事でも、家でも、友人でもない、恋愛もない空間。
1時間ほど、スマホのことを忘れ、サンドバッグを打つ。これが、必要なのだ。週一でも、あった方がいい。

今のところ、試合に出たいなどの欲望は全くない。
昨日の自分より、ちょっと強くなれればいい。

仕事で失敗した。
人から心無いことを言われた。
好きな人からLINEがまだ来ない。
そんなもやもやをはらすは晴らすべく、グローブをはめ、思いっきり弱い自分を殴るのだ。

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