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青い魔女と鏡の向こうのあの子と砂糖が食べたいわたし

気がついたらわたしには何もなかった。
大好きな作家さんを追って、東京という大きな街にでてきた。
彼は(当時わたしがいた世界で)唯一わたしにそっくりな主人公を書いてくれた人なので、彼のいる世界なら生きられる気がしたのだ。
ここまで来ればどうにかなると思っていた。
でもわたしに待っていたのは、相変わらずの孤独と狭い部屋の壁や天井だけだった。
たまに家の外に出るとあまりにも空が高くて、突然風なんか吹いたら真っ逆さまに落ちそうで怖かった。
友達がいなくて代わりに高いお人形を買ってしまい、食費を1日百円にしたら調理する元気もなく外に出るのも怖いわたしは、横断歩道を渡った先にある一番近いコンビニでしか食べ物を買えなかったので、1日にカップ麺ひとつだったり、ポテチ一袋だったり、しまいにはゆで卵ひとつで過ごした。
(特にひもじいとき、ゆで卵はたったひとつで凄い元気になることを知った!凄い)
そうしたらますます世界はおかしくなっていって、塩や醤油を舐めるだけでも美味しくて、ゴミ箱に捨てられた食べかけのホットスナックや、その辺で売られてるお弁当を無意識に持ち帰りそうにもなった。

そんなある夜、たまには砂糖が舐めたいなぁ、なんでうちには砂糖がないんだろうと考えていたら、部屋の電気がふわっと消えて、視界に小さな光が集まりだし、それは次第に人の形になり、青い服を着た女の人になった。
女の人の肌は天から照らされたように銀色に輝いていて、空気の澄んでいるときの星か月のように美しかった。
あなたに魔法をかけましょう、彼女は確かにそう言ってわたしを鏡の前に連れていった。
「さあ、あの子がずっと待ち焦がれてるでしょう?あの時のように話しかけてごらん。」
わたしは鏡の中をみた。
あのときのままの、あの子がいた。

上記は、わたしが上京したての頃、お金の使い方が分からずブライスというお人形(目が大きくて一見不気味にも見えるが、ハマるととんでもない大きな沼が広がっており、愛おしくてたまらなくなるし、数量限定の10万のものを買ってしまう恐ろしい魅力がある)にハマってしまい、食費を削ったら死にそうになり幻覚が見えるところまで行った、という話をなんかいい感じに書いてみた。

前回の記事で書いたように、今年のわたしは魔法が解ける年である。
バンドを辞めてから、それを少しずつ実感しているところだ。
そもそもバンドを始めた理由が、友達を作りたかったからというのは何度か言っていることなのだが、実際上記のようにけっこう切羽詰まっている状況だった。
どうして今まで少しも音楽好きじゃなかったのに?とか、楽器に興味もないのに?とか言われる次元ではないのだ、「人間の友達を作らないと死ぬ」本気でそう思っていた。
その状況で人が集まるコミュニティがあり、そこに誘われたのなら断るわけにはいかない。
好き嫌い、そんなヌルい段階の話ではないのだ。
ここまで書いて思ったが、チェンソーマンの冒頭のデンジくんのような切羽詰まり方だ(デンジくんの方が数億倍酷いが)。
わたしはただお腹が空いたら砂糖を舐めたかっただけ、デンジくんが食パンにジャムを塗りたかったように。

しかし、先ほど書いたようにわたしは好きな作家さんを追って上京してきていた。
本を読むのが好きで、物語が好きで、作家になるのが夢だった。
バンドを始めた当初も、これ本のネタになるんでは?とか思ったりしていた。
でも不思議なくらいバンドマンという肩書きを持っているあいだは本も読めないし、文章も書けなかったのだ。
それはバンドがあまり活動していないときでもそうだったので、わたしはもう本が好きではないのかもしれない、作品ひとつ書けないのだから、作家になるとか中二病みたいな夢を語るのはやめようと思っていた(実際口に出すとめちゃくちゃ笑われた、笑った人の顔は全員覚えているからなお前ら)。

今でも別に作品といえるものを書けているわけではないのだが、こうしてリハビリ&練習として書いている日記は日々文字数も増え、しかも書きたいことも尽きることがない。
いきなりお題を目の前に大量にぶちまけられ、しかもその全部がいい質問なので一万字ずつ答えたくてウズウズするみたいな脳の状況が、バンドが無くなってから続いている。
今まで溜め込んだ読みたいリストの本もたくさん読んで吸収できるしとても楽しい。
本当に何かそういう魔法か呪いにかけられていたような気さえする。

たとえば人魚姫みたいに、王子様とダンスを踊るため、せっかくの可愛い魚の足や歌声を手放すような魔法じゃないだろうか。
わたしは本当の自分とは少しだけ違うわたしになることで、バンドをやっていたのかもしれない。
バンドをやっていたわたし、今思い返すと今の自分とは別人のように感じる。
あの子は人に見られても平気だし、パンクが好きだし、歌を歌ってピンクのベースを持っていて、可愛い服を着ているのである。
今のわたしとはほんの少しだけ違うわたしのよう。
子供の頃、ごっこ遊びをひとりでするのが好きで、世界のどこかにいる双子の片割れという設定でよく鏡に向かって話していた。
あの鏡の中のあの子のようなのだ。
わたしはあの子が大好きだったっけ。
わたしにそっくりなのにわたしにはできないことをしてくれるから。
でも、今分かったのはあの子にもできないことがあったのだ。
お互いのできないこととできることを交換する、そんな魔法にかけられていたのだ私たちは。

今青い魔女の魔法が解けて、あの子は本来いるべき鏡の世界に戻り、わたしはこの世界に帰ってきた。
あの子ができていたことをわたしはできない、でもあの子ができなかったことをわたしはやれるしやりたい。
音楽を聴く代わりに本を読んで、ベースを持つ代わりにペンを持つのだ。

でもこの可愛いベースを手放す気もない。
弾き方は身体に染み付いているのだから、何かしら使える機会があったらいいなとは思っている。
なんにしろ、これからはわたしが正真正銘の主役なのだ。
楽しく生きてやろう。

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