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【アーカイブス#42】ハット・チェック・ガール *2012年11月

 女性と男性のデュオにぼくは何故か強く心を惹かれる。ぼくがよく聞くフォークやロックの世界で言えば、古くはイアン&シルヴィアやリチャード&ミミ・ファリーニャ、ジョン&ビヴァリー・マーティン、リンダ&リチャード・トンプソン、エヴリシング・バット・ザ・ガールなどが好きだったし、最近ではアメリカのジュディ&バディ・ミラー、シヴィル・ウォーズ、サラ・リー・ガスリー&ジョニー・アイアン、シー&ヒム、オーストラリアのアンガス&ジュリア・ストーンなどなど、いろんなデュオに耳を傾けている。そして今ぼくがいちばん気に入っている男女デュオ、それはハット・チェック・ガール(Hat Check Girl)だ。

 男女デュオの多くは、まずはデュオとして活動を開始することが多いので、長く経験を重ねるうちにそれぞれが独立して、ソロ・ミュージシャンとして活躍するようになり、解散を余儀なくされたりする。また夫婦の男女デュオも多いので、私生活が破綻したりすると、それで活動が続けられなくなってしまうということもある。
 しかしこのハット・チェック・ガールは、ちょっと異色の男女デュオだと言える。それぞれにソロのミュージシャン、シンガー・ソングライターとして長い間活動を続けていた二人のベテラン、ピーター・ゴールウェイ(Peter Gallway)とアニー・ギャラップ(Annie Gallup)とが意気投合して結成しているので、やがて成長して独立ということはありえないし、二人は夫婦ではなく、たとえ私生活が一緒だとしても(二人ともサンタ・バーバラに住んでいる)、これはまったく勝手なぼくの思い込みにしかすぎないが、彼らなら何があってもきっと大丈夫だろうと考えている(根拠は? と言われても答に窮してしまうが、そんな気がするのだ)。
しかも彼らの場合、それぞれのソロ活動は充実し、安定もしているので、それに刺激を与えるためのサイド・プロジェクトとして、このハット・チェック・ガールは末永く続けられることは確実だと言える。もちろんサイド・プロジェクトと言っても、余興やお遊びでやっているようなところはまったくなく、二人が全力でぶつかり合う男女デュオとして、ほんとうに素晴らしい音楽を生み出している。

 ピーター・ゴールウェイに関しては、この日本でもアメリカのフォークやロックに親しんでいる人たちの間では、とてもよく知られている。ニューヨーク・シティに生まれ、1960年代半ば高校在学中から本格的な音楽活動を始め、1969年にはフィフス・アヴェニュー・バンドのメンバーとして名盤『Fifth Avenue Band』を発表。その後このバンドを解散してソロになってからは、オハイオ・ノックス名義のアルバムやフィフス・アヴェニュー・バンドのリユニオン・アルバムも含めて、現在までに14枚ものアルバムを発表し、その中には日本のレーベルで作ったものもあるし、日本には何度にも演奏をしにやって来ているので、とりわけ日本では人気がある。
 またミュージシャンとしてだけではなくプロデューサーとしても多彩な活動をしていて、クリフ・エバハートやクリスティーナ・ラヴィンといったフォーク・シンガーたちのアルバムのプロデュースを始め、ローラ・ニーロのトリビュート・アルバムを作ったり、1960年代のグリニッジ・ヴィレッジの音楽シーンを新しいミュージシャンたちによって甦らせる内容のアルバムも作ったりしている。

 このピーターと比べると、アニー・ギャラップの方は日本ではあまり知られていない。これまでにソロ・アルバムを9枚発表しているが、日本で正式に発売されたことは一度もないと思う。実は2001年の彼女の五作目のアルバム『Swerve』が、日本のインディーズ・レーベルから発売されることになり、ぼくがライナー・ノーツを書かせてもらったのだが、それは結局日の目を見なかった。
 アニーはミシガン州アン・アーバー育ちで、子供の頃からダンスを習っていたが、音楽にも強い関心を抱き、図書館からミシシッピ・ジョン・ハートやドック・ワトソン、ディヴ・ヴァン・ロンクなどのレコードを借りて、独学でギターを覚え、やがては自作の曲も作り始めるようになった。そして90年代の初めから、人前で本格的に歌い始めた。
 前述したようにアニーは、1994年のデビュー・アルバム『Cause and Effect』から2012年の最新作『Little Five Points』まで、これまでに9枚のソロ・アルバムを発表している。どの作品も素晴らしく充実した内容で、カントリー・ブルースやオールド・タイム・ミュージックの影響を受けながらも、その音楽にはどこか都会の雰囲気が漂い、選び抜かれた言葉で、時には詩の朗読のようにもなる彼女独自のスタイルは、すでにデビュー作の時から作り上げられていて、それをこの20年間の活動の中で、より高め、より深め続けている。

 ピーターとアニーの二人は、かなり以前からさまざまな音楽シーンの中で何度も出会っていたはずだが、その二人が単なる共演やセッションに終ることなく、どうしてデュオを結成して活動しようとしたのか、そのあたりのいきさつがどこかに書かれていないかとインターネットでいろいろと探してみたが、残念なことに見つけることができなかった。もしハット・チェック・ガール結成のいきさつやそれが語られている記事をご存知の方がいたら、ぜひとも教えていただきたい。
 2010年秋にリリースされたハット・チェック・ガールのデビュー・アルバム『Tenderness』(Gallway Bay Music GBM103)は、すべてアニーとピーターの二人だけでレコーディングされているものの、12曲の収録曲のうち二人の共作曲は7曲だけで(そのうち1曲はアニーとピーター、そしてジョン・マクヴェイの三人での共作曲)、そのほかはアニーの曲が4曲、ピーターの曲が1曲収められているので、デュオのアルバムというよりは、二人のベテラン・シンガー・ソングライターが一緒になってそれぞれの世界を支え合い、刺激し合っている作品という印象が強い。
 その一年後の2011年9月にリリースされたセカンド・アルバム『Six Bucks Shy』(Gallway Bay Music GBM104)では、アニーやピーターが一人で書いた曲は、全13曲の収録曲中2曲だけになり、ほかの11曲はすべてアニーとピーター、そしてレコーディングにドラマーとして参加しているジェリー・マロッタの三人での共作となっているが、実質的には曲作りはアニーとピーターの二人で行なったのではないかと思われる。
 いずれにしてもデビュー作と聞き比べてみると、二人のシンガー・ソングライターのコラボレーション・アルバムという以上にデュオとしての作品の要素が強まっていて、リバーブの聞いたピーターのエレクトリック・ギターをバックにアニーが語るように歌うと、よりスポークン・ワードの世界に近づいたハット・チェック・ガールの新境地が開拓されている。

 そしてこの11月20日にリリースされたばかりなのが、ハット・チェック・ガールの三枚目のアルバム『Road To Red Point』(Waterbug WBG110)で、今回はまた完全にアニーとピーターの二人だけでのレコーディングとなっている。収められている10曲は、ピーターが1994年のソロ・アルバム『Small Good Thing』ですでに発表していた「Up In The County」を除いて、残りの9曲すべてが二人の共作だ。
 もちろんハット・チェック・ガールのアルバムは一枚目も二枚目も素晴らしかったが、ぼくはこの最新作が断然気に入っている。セカンド・アルバム『Six Bucks Sky』は、スポークン・ワードの世界に接近していると前述したが、最新作『Road To Red Point』は、5弦バンジョーやワイゼンボーン・ギター、ドブロやアコーディオンなどが効果的に使われ、アメリカのルーツ・ミュージックやカントリー・ブルースを強く意識した作品となっている。

 アルバム・ジャケットのクレジットを読むと、今回のアルバムの大きなインスピレーション源となったのは、二人が住むサンタ・バーバラの美術館で見た1929年に始まった世界大恐慌時代の写真の数々で、とりわけハンゼル・ミース(Hansel Mieth)の「Boys on the Road」という写真に二人は強く心を奪われ、自分たちがアルバムを作る過程で大きな刺激を受けた。アルバムのカバーにはジュリー・クリーヴランドの「Road To Red Point」という写真が使われている。
 アルバムの曲作りは、2011年10月、オレゴン州の太平洋岸の人里離れた場所にある小さな田舎家で、寒風の吹きすさぶ中で行なわれた。サンタ・バーバラからそこへと車で向かう途中、二人は小さな町々に立ち寄り、その町や道中の風景を、美術館で見た大恐慌時代の写真を捉えたレンズを通して見つめ直したということなので、できあがった曲は自然とアメリカの片田舎の荒涼とした風景が浮かび上がったり、過ぎ去った時代が甦るものばかりとなり、アルバムはどこかコンセプト・アルバムのような統一感のある内容に仕上がっている。

 YouTubeで素晴らしいビデオ・クリップを見ることができる「Just Think Back」は、生まれて初めて聞いた歌のことを思い返してごらんと歌い始められ、そこから初めてギターを弾いた時のこと、初めて心を揺さぶられたビートのことへと繋がっていく。その時の感動や衝撃を決して忘れることなく、同じ愛情や情熱を持って、それから何十年も歌い続けている者だからこそ作って歌うことができる感動的な名曲だ。
 シャワーから出て来た彼女の姿を見て階段を下りるスカーレット・オハラを思い浮かべる「Scarlet」、人生は厳しいがいつかは木の下での再会できると歌われる「Under The Trees」、それにぼくにとっては何度聞いても大地震と津波と原発事故に襲われた東北の海辺の風景に思いを馳せざるを得ない「The Far Distant Shore」など、ハット・チェック・ガールのサード・アルバム『Road To Red Point』は、どの曲も実に詩的で、歌われている物語が一枚の見事な写真となって目の前に鮮やかに浮かび上がってくるものばかりだ。

『Road To Red Point』をリリースしたばかりのハット・チェック・ガールは、この11月に地元サンタ・バーバラでアルバム発売記念パーティを行ない、来年2013年2月23日はやはりサンタ・バーバラのトリニティ・バックステージで演奏することが決まっている。またそれらに先駆け、アニーとピーターは10月の終りからニューヨークのウッドストックへと向かい、そこでドラマーのジェリー・マロッタと合流して、来年秋のリリースを目指してハット・チェック・ガールの4枚目のアルバムの制作に取りかかり始めたということだ。
 またピーターの初めての詩集『Big Mercy』も最近出版されたので、これはぜひ手に入れて読んでみたいとぼくは思っている。

 男女デュオということで言えば、ハット・チェック・ガールともうひとつ、ぼくが今めちゃくちゃ気に入っているJT・ネロ(JT Nero)とPO’ GIRLのメンバーとしても活躍するアリソン・ラッセル(Allison Russell)のバーズ・オブ・シカゴ(Birds of Chicago)があるのだが、彼らのことは別の機会にまたじっくりと書いてみようと思う。お楽しみに!!

中川五郎(なかがわ・ごろう)
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html


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