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【アーカイブス#36】ウディ・ガスリー100年 *2012年5月

 1960年代後半にアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、日本でも日本語で歌うフォーク・ソングが広がり始め、その動きの中からいろんな歌い手が登場して来るようになった。高石ともやさんや岡林信康さん、遠藤賢司さんやフォーク・クルセダーズ、そしてまだ10代だった高田渡さんやぼくもその中にいた。
 多くの歌い手がアメリカのフォーク・ソングの影響を直接的にも間接的にも受けていたが、中でも高田渡さんやぼくはアメリカン・フォーク・ソングの父、あるいはアメリカの国民詩人と呼ばれるウディ・ガスリーにとりわけ強く影響されて歌い始めていた。

 日本で起こったフォーク・ソングの動きは、そこから遡ること6、7年前、ブラザーズ・フォア、キングストン・トリオ、ピーター・ポール&マリーといったいわゆるモダン・フォーク・コーラス・グループが人気を集め、大学生たちを中心に次々とコピー・バンドが結成され、音楽を英語のままコピーして歌うだけでなく、着ているものや歌う時の姿勢までをも真似したことから始まったとも言える。しかしそのお手本となったアメリカのモダン・フォーク・コーラス・グループにしても、そのレパートリーの中心にはウディ・ガスリーの書いたいろんな歌がしっかりと存在していた。

 このウディ・ガスリーが生まれたのは1912年7月14日のことで、今年が彼の誕生からちょうど100年目になる。残念なことにウディは、1967年10月3日にハンチントン病の合併症でまだ55歳の時にこの世を去ってしまった。100歳のお祝いならほんとうに素晴らしいのだが、しかし今年はウディの生誕100年を記念して、アメリカを中心にさまざまな行事が行われているし、100周年を記念するCDなども続々と登場して来ている。

 この連載を読んでくださっている方なら、ウディ・ガスリーの名前はもちろんのこと、「This Land Is Your Land」や「Pastures Of Plenty」、「So Long It’s Been Good To Know You」、「Deportee」といった彼の代表的な曲もよくご存知のことと思うが、誰かにカバーされて歌われているものは聞いたことがあるが、本人の歌はまだ聞いたことがないという人も結構多いのではないだろうか。生誕100周年というこの機会に、ウディ本人の歌をぜひとも聞いてもらえたらとぼくは強く願わずにはいられない。

 ウディ・ガスリーのCDは、昔のミュージシャンですでに著作権などが切れていることもあるのだろうか、再発のベスト盤などはとても安く、3桁の値段で、ものによっては500円以下で手に入れることができる。少し前にぼくが手に入れた『Woody Guthrie Troubadour』というイギリスのNOT NOW MUSICから発売されているものは、CD3枚組、全68曲入りで、1000円を下回る800円台ぐらいの安さだった。
 それにたまたま今回のこの原稿を書くために、amazon.co.jpのウディ・ガスリーのコーナーをチェックしていたところ、イギリスのTOPICから発売されているアルバム『Bound For Glory』のMP3ダウンロードというのを見つけた。これは『Bound For Glory』というウディの自伝の一部が朗読されて行く中、ウディ自身の歌が何曲も収められているものだが、23分24秒あるパート1と18分23秒あるパート2とが、それぞれ100円でダウンロードできる。合計200円でウディの代表的な曲が、抜粋だったりもするが聞くことができて、しかも見事な自伝の朗読まで聞けるのだ(朗読者が誰なのかはちょっとわからない)。これがとても英語の勉強になる。まずはウディの生涯と代表曲を手っ取り早く確かめてみたいと言う人にはお薦めかもしれない。200円。

 今ぼくが楽しみにしているのは、ウディの100歳の誕生日の4日前の7月10日にスミソニアン・フォークウェイズから発売される予定のボックス・セット『Woody at 100: The Woody Guthrie Centennial Collection』というものだ。57曲が3枚のCDに収められていて、その中にはこれまで発表されたことのない演奏が21曲、これまで一度も発表されたことのない曲が6曲も入っている。しかもウディが描いた絵や、ウディの写真、さまざまな文章や歌詞が収められた150ページの本も付いているというから、これは予約価格5500円ほどとかなり高いが、手に入れないわけにはいかないではないか。

 ウディ本人のアルバムだけでなく、ウディ生誕100周年に向けて去年あたりからウディ関連のさまざまなアルバムが登場して来ている。その中でもぼくが特に興味を抱いているのは、ウディが残した厖大な数の歌詞や詩、散文などさまざまな未発表の言葉の数々に、新しい世代のシンガーやミュージシャンたちが曲をつけて歌っているものだ。
 この動きの先駆けとなったのは、ビリー・ブラッグとウィルコによるプロジェクトで、1990年代後半に彼らがウディの残した歌詞に曲をつけて歌ってレコーディングした作品は、1998年に『Mermaid Avenue』、2000年に『Mermaid Avenue Vol.2』という二枚のアルバムとなって発表されている。
 それに続けて2003年にはネイティブ・アメリカンのナヴァホ族の男二人女一人のきょうだいパンク・バンドのブラックファイアーがウディの未発表歌詞に曲をつけたシングルをリリースし、同じ動きはニューヨークのユダヤの民族音楽クレズマー・ミュージックを演奏するバンド、ザ・クレズマチックスの2006年の『Wonder Wheel』や2008年のジョナサ・ブルックの『The Works』へと繋がって行く。
 ジョナサのアルバム『The Works』については、2009年秋のこの連載の第4回目「星となったウディ・ガスリーに新たな輝きを!」で詳しく書いているので、読まれていない方はぜひ読んでみてほしい。
 ちなみにザ・クレズマチックスは2006年にもウディがイディッシュ語で書いた未発表の歌詞の数々に曲をつけた(ウディの二番目の妻、マージョリーの母親アリザ・グリーンブラットは有名なイディッシュ語の詩人だった)、『Happy Joyous Hanukkah』というアルバムも発表している(ハヌッカーは8日間に及ぶユダヤ教のお祭りで、そのお祭りの音楽が収められている)。

 そして2011年には、ベーシストのロブ・ワッサーマンのプロデュースのもと、ピート・シーガー,ヴァン・ダイク・パークス、ジャクソン・ブラウン、ルー・リード、マデリーン・ペルー、アーニー・ディフランコなどが参加した『Note Of Hope』が発売された。
 これがほんとうに素晴らしい内容で、歌詞というよりもウディが残した日記の文章や散文に曲がつけられているものが中心なのだが、とりわけ二番目の妻マージョリーと出会った夜のことが綴られた20ページ以上に及ぶ日記の文章にジャクソン・ブラウンが曲をつけて、ジャクソンのギターとロブのベース、そしてジャクソン・ブラウン・バンドのモーリシオ・ルワックのドラムスの三人だけの演奏で歌われる「You Know The Night」は、聞くほどにどんどん引き込まれて行ってしまい、15分があっという間に過ぎてしまう。
 ロブのベースやトニー・トリシュカのバンジョーをバックにピート・シーガーがウディの文章を朗読する「There ‘s A Feeling In Music」も感動的だし、オープニング曲の「The Note Of Hope」のヴァン・ダイク・パークスのアレンジの美しさには心を揺さぶられずにはいられない。ウディの曲のメロディが巧みに取り入れられていることも嬉しいかぎりだ。
 ルー・リードの「The Debt I Owe」は、ウディ・ガスリーの言葉に曲をつけて歌ってもその世界はどこまでもルー・リードのままだし、セックスについて語ったウディの言葉を歌うマイケル・フランティの「Union Love Juice」は、その仕上がりも素晴らしいが、何よりもぼくはそのタイトルに親近感を覚えてしまった。
 そしてプロデューサーのロブ・ワッサーマンが全曲で筆舌に尽くしがたい何とも強烈で剛胆で雄弁なベースを弾いていて(敢えて言うならウッド・ベースではなくウディ・ベース!!)、彼こそがこのプロジェクトの大黒柱だということがいやというほどよくわかる。

 ウディ生誕100周年の今年2012年には、サン・ヴォルトのジェイ・ファラー,セントロ・マティックのウィル・ジョンソン、ヴァーナラインのアンダース・パーカー、マイ・モーニング・ジャケットのイム・イェームス(ジム・ジェームス)の4人がこのプロジェクトのために組んだスーパー・セッション・バンド、ニュー・マルティチューズ(そのまま日本語にすれば新たな大衆、新庶民だ)の2枚組アルバム『New Multitudes』、そして1998年の『Mermaid Avenue』、2000年の『Mermaid Avenue Vol.2』の二枚に加えて、これまで未発表だった17曲が収められた『Mermaid Avenue Vol.3』とプロジェクトの制作過程が記録されたドキュメンタリーDVD『Man In The Sand』(この作品はまずは映画として公開され、その後2002年にDVD作品となっていた)、44ページの豪華ブックレットから成るビリー・ブラッグとウィルコの『Mermaid Avenue The Complete Sessions』が相次いでリリースされた。

『New Multitudes』でジェイたちが曲をつけたウディの未発表歌詞は1950年代の初め、ウディがロサンジェルスに住んでいた頃に書かれたものが中心だ。当時のソ連とアメリカとの東西冷戦状態や原子爆弾の恐怖をテーマに書かれた歌詞もある。
 実はジェイ・ファラーやサン・ヴォルトのメンバーは、『Mermaid Avenue』のプロジェクトの時にビリー・ブラッグと一緒にやってみないかとレコード会社から誘われていた。しかしジェイは共作というかたちにはあまり気が乗らず、その時は申し出を辞退した。その後満を持して取り組んだのが、『New Multitudes』というわけだ。

 アーカイヴに保存されているウディが残した厖大な数の未発表の歌詞や文献、資料の管理、そしてミュージャンを決めてそれらに新たな曲をつけるブロジェクトのディレクションは、3男5女と8人いたウディの子供たちの4女のノラ・ガスリーが行なっている。
 1950年生まれの彼女は、父親ウディの歌詞に新たに曲をつけるミュージシャンを自分よりも若い世代の人たちにしようという考えの持ち主のようだ。そしてそんな世代を超えた結びつきが最も成功しているのが、『New Multitudes』のようにぼくには思える。
 アーカイヴに残されているウディの未発表歌詞に新たに曲をつけることに関しては、ウディにもっと近い世代、すなわち1960年代の初め頃から歌い始め、ボブ・ディランなどと共に「ガスリーズ・チルドレン」と呼ばれたフォーク・シンガーたちからの熱烈な申し出もノラに対してあったらしい。しかしノラは敢えてそれらを断った。それこそ「ガスリーズ・グランドチルドレン」、はたまた「ガスリーズ・グレートグランドチルドレン」と呼ばれるロック・ミュージシャンやパンク・ミュージシャン、フォーク・シンガー、ヒップ・ホップ・アーティストたちに、父親の残した言葉を受け継いでほしいと、ノラはきっとそう考えたのだろう。

『New Multitudes』を聞くと、そうした彼女の判断や意図、願いが決して的外れなものではなかったことがよくわかる。ジェイたちが作ったアルバムは、もちろんウディ・ガスリーをよく知っている人たちにも受け入れられるものだろうが、それ以上にウディのことをあまり知らない若い世代にも強くアピールする躍動的な作品となっている。
 生誕100年を迎えたアメリカのフォーク・ソングの父であるウディの歌や精神は、かくしてノラの考えどおり、もっともっともっともっと先の世代にまで、ますます新鮮なまま伝えられて行くに違いない。

中川五郎(なかがわ・ごろう)
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html

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