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【アーカイブス#83】ジェブ・ロイ・ニコルス*2017年4月

2017年春にリリースされたばかりのジェブ・ロイ・ニコルス(Jeb Loy Nichols)の新しいアルバム『Country Hustle』(City Country City)を繰り返し聞いている。やっぱりこの人、素晴らしい。最高だ。
その音楽はどこまでも自由で柔軟で、決して型にはまったり、気取ったり、かっこつけたりすることはなく、肩の力が抜けていて、余裕綽々、飄々としている。だからといってレイドバックしすぎることはなく、どこまでも本気で正直で誠実だ。
そしてジェブ・ロイの歌を聞くたびにぼくは思う。音楽とその人の生き方、暮らしや生活は切っても切り離せないものだと。逆に言えば、その人が何を考え、何をいちばん大切にし、どんな生き方をしているのか、歌や音楽にはっきり出てしまうということだ。

ジェブ・ロイ・ニコルズのホームページを見てみると、バイオグラフィーとして「ジェブ・ロイ・ニコルスに関する18の事柄」という興味深い記事がアップされている。とても面白いし、ジェブ・ロイがいったい何者なのかよくわかると思うので、簡単に訳して紹介してみることにしよう。
1. ジェブ・ロイ・ニコルズは身長が高すぎることもなければ低すぎることもなく、年齢も老けすぎていることもなければ若すぎることもなく、まさにそのままでぴったりという存在。
2. アメリカのワイオミングで生まれ、ミズーリで育ったと言われている。
3. これぞ自分の音楽だと最初に思ったのはサザン・ソウルで、夜毎ラジオに耳を傾け、ボビー・ウーマック、アル・グリーン、ステイプル・シンガーズ、ジョー・サイモン、ナッシュヴィル/メンフィス/マッスル・ショールズの音楽に夢中になっていた。
4. 父親に連れられていろんなブルーグラス・フェスティバルに出かけ、家に帰ると母親と一緒にナット・キング・コールの歌を聞いていた。
5. 15歳の時にセックス・ピストルズの「God Save The Queen」やラモーンズのパンク・ロックのレコードを聞いて、音楽の好みが180度すっかり変わった。
6. 1979年に奨学金を得てニューヨークのアート・スクールに進む。素晴らしい時代で、パンクはすでに終わっていたがヒップ・ホップの萌芽期で、それに取り憑かれた。
7. 1980年に初めて行ったレコーディングは「I’m A Country Boy」というラップ・ソング。
8. 1981年に友人を訪ねてロンドンに行き、気がつくとエイドリアン・シャーウッド、スリッツのアリ・アップ、ネネ・チェリーと一緒に空き家を不法占拠して暮らしていた。すぐにも仕事を世話してくれたエイドリアンからは、ジャンルにとらわれないやり方を学んだ。
9. その後何年間かヨーロッパを放浪し、スペインでしばらく暮らした。
10. ロンドンに戻って最初の美術展。
11. 1990年にOn-U Soundのマーティン・ハリソン、歌手のロレーン・モーリーとカントリー・ダブ・バンドのフェロー・トラヴェラーズ(Fellow Travellers)を結成。4枚のCDを作り、ローリング・ストーン誌の評論家のロバート・クリスタガウから「マール、マーレィ、マルクスの子供たち」と形容された。
12. 1996年に初めてのソロ・アルバム。その後10枚のソロ・アルバムを発表。ローリング・ストーン誌で「カントリー・クールの第一人者」と形容された。
13. カントリー・ソウルのコンピレーション・アルバム『Country Got Soul』の制作に携わる。
14. 現在はウェールズの丘の人里離れた土地で暮らしている。
15. 2007年に美術作品を集めた本『I Need You To Tell Me Something Different』を出版。
16. 2008年に最初の長編小説『The Untogether』を出版。2016年には長編小説第二作『Nothing To You』、第三作『How Do You Do』を出版。
17. 目一杯すぎる生き方をしているわけでもなければ、空虚すぎる生き方をしているわけでもなく、エイドリアン・シャーウッド、デニス・ボーヴェル、ダン・ペン、ラリー・ジョン・ウィルソンなどと一緒に音楽活動をしている。10エイカーの土地で動物たちと楽しく暮らしている。
18. 今も文章を書き、美術作品を生み出し、音楽を作り、木を植え続けている。

最初にぼくは「音楽とその人の生き方、暮らしや生活は切っても切り離せない」と書いたが、それはもちろんジェブ・ロイ・ニコルズがウェールズの人里離れた丘の上で動物たちと一緒に、さまざまな花や木、野菜などを育てて暮らし、音楽作りだけでなく、絵を描いたり、小説を書いたりしていることも知っての上でのことだ。でもたとえジェブ・ロイがどんな人物でどんな暮らしをしているのかまったくわからないとしても、その音楽を聞けば、彼が私利私欲にまったくとらわれることのない、悠然として奔放、自由で自立した生き方をしている人間だということは絶対に伝わって来るはずだ。
そんな正直であると同時に雄弁でもある音楽をジェブ・ロイはずっと作って歌い続けている。最新作の『Country Hustle』を聞いても、自分の好きなことしかしないし、自分の好きな音楽しかしない、それこそが最高に楽しくて、最高に素晴らしいことだという、彼の哲学というか姿勢がこれまで以上にしっかり、はっきりと伝わってくる。アルバム・タイトルは『Country Hustle』だが、そこで出会えるのは、まったくハッスルすることのない、すなわちがむしゃらになったり無理をしたりすることのない、どこまでも自由で自然でのびやかなジェブ・ロイ・ニコルズの姿がそこにある。

「ジェブ・ロイ・ニコルスに関する18の事柄」の12番で、1996年に初めてのソロ・アルバム。その後10枚のソロ・アルバムを発表、と書かれているが、それらは恐らくこれらの11枚のことだろう。
『Lovers Knot』(1997) 
『Just What Time It Is』(2000)
『Easy Now』(2002)
『Now Then』(2005)
『Days Are Mighty』(2007)
『Parish Bar』(2009)
『Strange Faith And Practice』(2009)
『Only Time Will Tell』(2009)…イアン・ゴム(Ian Gomm)とのデュエット・アルバム。
『Long Time Traveller』(2010)
『The Jeb Loy Nicholas Special』(2011)
『Country Hustle』(2017)
あるいは2016年に『Long Time Traveller』の本編とボーナス・トラックやオルタナティブ・バージョンを集めたものとの2枚組アルバムをリリースしているので、イアン・ゴムとのデュエット・アルバムは自らのディスコグラフィーから外されて、そちらが10枚目に数えられているのかもしれない。
ほかにもレコード盤だけでリリースされたミニ・アルバム『Ya Smell Me?』やEP『October』、何枚ものシングル、そしてThe Okra All-Stars、Strange Faithと一緒に作ったアルバムも発表している。

このうち、2、3、8(『Only Time Will Tell』)、9の4枚が解説や歌詞、歌詞対訳が付けられて日本で紹介されている。ちなみに2と3はビデオアーツ・ミュージック、8はMSI(歌詞対訳は付いていない)、9はBEAT RECORDS(歌詞対訳は付いていない)から発売された。その中で2002年に発売された『Easy Now』は、ぼくがライナー・ノーツを執筆させてもらった。そしてジェブ・ロイの以下のような言葉を紹介している。
「ぼくの音楽は自分が送っているライフ・スタイルときわめて近いものがあるんだ。ぼくは肉を食べないし、浪費家でもない。そして田舎に暮らしている。そういう生き方がぼくにはいちばん心地いいんだ。とても素敵な暮らしをしているよ」
「アメリカに行くと誰もがぼくが一度も聞いたことのないオルタナ・カントリーのバンドのことばかり聞いてくる。ぼくは不思議と白人のロックっぽい音楽はあまり聞かないんだ。ぼくが好きじゃない唯一の音楽がロックだ。ロックン・ロールを好きになったことは一度もない。なぜ嫌いなのかといえば、昔からロックは男性的でマッチョな音楽だったから」
新しいアルバムを発表するたびにジェブ・ロイ・ニコルズはどんどんよくなっているというか、ジャンルやスタイルなどにまったくとらわれることなく、ますます独自の世界を作り上げていっているとぼくには思える。初めての人はまずはこの最新作『Country Hustle』をきっかけに、そこから以前の作品へと遡って聞いて行ってみてほしい。前に聞いていたが最近は聞いていないという人も、この最新作はぜひとも聞いてみてほしい。悠々自適のジェブ・ロイ・ニコルズは絶好調だ。
『Country Hustle』のアルバム・ジャケットはジェブ・ロイの手によるアート作品だが、そこには次のような言葉が書き込まれている。
「お馴染みの古臭いカントリー・ミュージックではない」
「ビートを甦らせれば、もう止まらない」
「敗者や孤独な人、愚か者たちのために」
そしてアルバム・ジャケットに貼られたシールには、こんなキャッチ・コピーが書かれている。
「サザン・ソウル、カントリー、ブルース、ファンク&ソウルが強力に混ざったガンボ・スープにヒップ・ホップとダブの味付け」

これまでのどのアルバムと同様、今回のアルバムもまたスぺシャル・サンクスはミズ・モーリーに捧げられている。フェロー・トラヴェラーズの同志にして。ウェールズの人里離れた丘の上で生活を共にする、ジェブ・ロイの奥さん、ロレーン・モーリーのことだ。

中川五郎(なかがわ・ごろう)
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html

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