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【アーカイブス#103】ジ・アザー・フェイバリッツ*2020年5月

昔と違って最近はぼくも YouTube で音楽を聞く(見る)機会が多くなった。YouTube で見たいミュージシャンや気に入っているミュージシャンの動画や音を聞いていると、その機能に対して何か専門的な言葉があったようにも思うのだが、「次はこんなのはどうですか?」、「こちらもお勧めですよ」と、関連性のありそうなミュージシャンやこちらが好きになりそうなミュージシャンを YouTube が親切に教えてくれる。そこでそれまで知ることのなかった新しいミュージシャンとの出会いが生まれたりする。
この 5 月、そんなかたちでぼくがその存在を知ったのがジ・アザー・フェイバリッツ(The Other Favorites)だ。もしかして大好きなザ・ミルク・カートン・キッズ(The Milk Carton Kids)をYouTube で見ていた時のことだったかもしれないが、見ているうちに YouTube がいつもの「こちらもお勧め」機能を駆使してくれるようになり、そうして出会ったのが彼らの「The Ballad of John McCrae」という曲の動画だった(その動画は 2017 年 11 月 8 日に公開されている)。

最初に見た時、失礼な話だが「うわー、ミルク・カートン・キッズに似ている」とぼくは思い、何だか嬉しくなって彼らの動画を次々と見て行った。そしてアザー・フェイバリッツが自分たちのオリジナル曲だけでなく、とんでもなく広いジャンルを行き来して、時代や世代も超えて、さまざまな曲をカバーして自分たちのものにしていることも知って、これは単なるミルク・カートン・キッズのフォロワーではない、何だかもっと独自な存在だと認識を新たにし、ますます彼らに興味を抱いてしまったのだ。

アザー・フェイバリッツは、彼らのホームページの説明によると、カーソン・マッキー(Carson McKee)とジョッシュ・ターナー(Josh Turner)の二人が長年続けているデュオで、現在はニューヨークのブルックリンをベースに国際的な活動をしているということだ。これだけではあまりも素っ気ないので、もう少しインターネットで探して見ると「Ear To The Ground」のサイトに2017 年 10 月 15 日にアップされたグレッグ・ジョーンズによる彼らへのインタビュー記事を見つけることができた。
それを読んでわかったことを簡単にまとめてみよう。カーソン・マッキーはチャペル・ヒルのノース・カロライナ大学で文学創作やフランス語を学び、ジョッシュ・ターナーはインディアナ州インディアナポリスのバトラー大学で音楽を学んでいる。この二人がどこで出会い、デュオとしていつから活動を始め、現在何歳ぐらいなのか、そのあたりの詳しい情報はまだ見つけることはできていないが、ジョッシュは 2007 年、15 歳の時に Josh Turner Guitar という名前で自分の YouTube チャンネルをスタートし、そこで注目を集めるようになっていったということだから、恐らく二人は 2000 年代後半から一緒に本格的な活動を始め、年齢は現在 20 代後半ということになるのではないだろうか。いずれにしても二人は YouTube を積極的、全面的に活用して自分たちの音楽を世界に広めていくことに成功したのだ。

「Ear To The Ground」のインタビュー記事によると、その音楽やカバー曲のセレクションからもよくわかるのだが、アザー・フェイバリッツの二人が大きく影響を受けているのは、今は「クラシック・ロック」と呼ばれている(現在 70 歳のぼくにとってはそれらがまさに「コンテンポラリー・ロック」だったが)、ビートルズ、ボブ・ディラン、イーグルス、スティーリー・ダン、フリートウッド・マックなどなどということだ。そしてそうした「クラシック・ロック」と同時に、ドック・ワトソン、アリソン・クラウスなどのブルーグラス・ミュージック、レオ・コッケ、デイヴィー・グレアム、ジョン・フェイヒィなどのギター・ミュージック、ケンドリック・ラマーやディアンジェロといったヒップ・ホップ・ミュージック、そして「同時代」ではライアン・アダムスなどの音楽にも強い関心を示している。
「70 年代サウンドがどれぐらい奥深いものなのかを探って行きながら、今の自分たちの世界の中に新しいものを取り入れていきたい」と、カーソン・マッキーはインタビューの中で語っている。ディランやビートルズ、イーグルスといった自分たちに多大な影響を与えてくれた先達が、単なる奇抜さや小手先だけの技ではなく、人の心に深く入り込んでくる音楽を追い求めていたのと同じように、アザー・フェイバリッツも「自分たち自身の経験を通じて時間を超越するアイディアを自分たちの中へと染み込ませ、ほんものと呼べる音楽をどこまでも追い求めて行きたい」ともカーソンは述べている。

いわゆるディスコグラフィーということで言えば、アザー・フェイバリッツは 2017 年 9 月に6 曲入りのミニ・アルバム『Fools』、2018 年 11 月に 12 曲入りのアルバム『Naysayer』、そして 2019 年 12 月に 12 曲入りのライブ・アルバム『Live In London』を発表している。これらのアルバムはもちろんさまざまなストリーミングでも聞くことができるし、YouTube を通じても聞くことができる。
『Fools』と『Naysayer』(どちらも「ばかもの」、「否定的な見方をする人」と、タイトルがいわくありげで意味深だが)は、オリジナルが中心のアルバムで、彼らと親しい音楽仲間のミネアポリス出身のシンガー・ソングライター、レイナ・デル・シド(Reina Del Cid)と彼女のバンドのギタリストのトニ・リンドグレン(Toni Lindgren)が 2 曲でゲスト参加している『Live In London』は、ボブ・ディランやジョニー・キャッシュ、リチャード・トンプソンやザ・ディラーズの曲、それに「テネシー・ワルツ」など、カバー曲が多く収められている。またアザー・フェイバリッツの片割れ、ジョッシュ・ターナーはジョシュア・リー・ターナー(Joshua Lee Turner)というフル・ネームで、2019 年に『As Good a Place as Any』というオリジナル曲を集めたソロ・アルバムを発表し、2020 年 8 月には 2 枚目のソロ・アルバム『Public Life』がリリースされることになっている。

YouTube で見て(聞いて)まさに衝撃的だったのは、カーソン・マッキーとジョッシュ・ターナーが二人だけで歌い演奏するアザー・フェイバリッツで、ライブ・アルバムではもちろんそうした二人の演奏が楽しめるが、『Fools』や『Naysayer』では、曲によってはドラムスやベースなどのリズム・セクションも加わったバンド・スタイルでの演奏もあり、ぼく個人としてはあまりいろんな音や楽器が加わってしまうとデュオとしての彼らの本来の魅力が逆に薄まってしまうような、そんな印象を抱いてしまった。だからいちばんお勧めするのは、YouTube で見ることのできるリビング・ルームやスタジオ、あるいは戸外での二人だけの演奏で、まずはそこでの彼らの魅力を存分に味わってほしいと思う。
しかも YouTube では、アザー・フェイバリッツのカバー曲がふんだんに楽しめる。演奏形態もアザー・フェイバリッツとして、あるいはいろんなシンガーやミュージシャンとのセッション、はたまたカーソンやジョッシュのソロなどさまざまだ。
彼らがカバーしている曲をざっと挙げていってみると、ボブ・ディランの「The Times They Are a-Changin’」、「Don’t Think Twice, It’s All Right」、「Knockin’ on Heaven’s Door」、ビートルズの「Elenor Rigby」や「Here, There and Everywhere」、ピート・シーガーの「Turn! Turn! Turn!」、ジェイムス・テイラーの「Sweet Baby James」、グレイトフル・デッドの「Rider」、
イーグルスの「Take It Easy」や「Life In the Fast Lane」、ニール・ヤングの「Harvest Moon」、ハンク・ウィリアムスの「Hey Good Lookin’」、パッツィ・クラインの「Crazy」、ジョニー・キャッシュの「Folsom Prison Blues」や「Long Black Veil」、ジョン・プラインの「Paradise」、トム・ウェイツの「Lonely」、ダイアー・ストレイツの「Sultans of Swing」、サイモン&ガー
ファンクルの「Baby Driver」、ポール・サイモンの「American Tune」、ジム・クローチの「Operator」、エリック・クラプトンの「Lay Down Sally」、ニック・ドレイクの「Three Hours」、ヴァシュティ・ヴァニヤンの「Train Song」などなど、あらゆる時代、あらゆるジャンルから、何が飛び出すかわからない魔法の玉手箱状態だ。
ABBA の「Mamma Mia」やドナ・サマーの「I Feel Love」、それにペギー・リーの「Fever」もカバーしているし、最近では彼らが 5 月 27 日にアップしたばかりのはっぴいえんどの「風をあつめて」の完璧とも言える日本語でのカバーが大きな話題となっている。日本ではこれがきっかけとなってアザー・フェイバリッツが大きな注目を集めるようになるかもしれない。
まだアザー・フェイバリッツを聞いたことがない人がいたとしたら、まずは YouTube で彼らの「何でもござれ」だが「何だか一本しっかり筋が通っている」世界をじっくりと味わってみてほしい。こうしてひとつの時代の音楽が「クラシック」となり、それがうんと若い世代の中で大胆に解釈し直され、新たな時代の息吹も吹き込まれて「コンテンポラリー」なものになっていくんだね。

中川五郎(なかがわ・ごろう)
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html


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