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【アーカイブス#82】ウディ・ガスリーRoll On Columbia*2017年2月

 今年2017年で生誕105年、没後50年となるウディ・ガスリーの新しい、とても興味深い二枚組アルバムがスミソニアン・フォークウェイズ・レコーディングスから1月の終わりに発売された。『ROLL ON COLUMBIA: WOODY GUTHRIE’S 26 NORTHWEST SONGS』(SFW CD 40226)というもので、そのタイトルどおり、アメリカ北西部のことを歌ったウディの26曲が、アメリカ北西部を拠点にして現在活躍しているさまざまなミュージシャンたちによって取り上げられ、歌われている。

「アメリカ北西部」と言ってもあまりにも漠然としている。実は1941年にウディはボネヴィル電力局(BPA)から、オレゴン州とワシントン州の間を流れるコロンビア川に巨大なダムを建設するドキュメンタリー映画を作るので、その映画のために歌を作ってもらえないかという依頼を受け、その年の5月はじめに家族と一緒にポートランドへと向かった。BPAにウディを推薦したのは、民俗学者でワシントンD.C.にある議会図書館(ライブラリー・オブ・コングレス)のディレクターでもあったアラン・ロマックスで、コロンビア川のダム建設は不況と失業に苦しむその地域の人々に仕事を与えられると同時に、水力発電でその地域の人々に安く電力を供給できるようにもなると、ウディはその一大プロジェクトに積極的に関わろうとした。その一方、彼は経済的な問題も抱えていたようだ。

1998年1月に京都のかもがわ出版から発売された、ウディ・ガスリーに関する日本での数少ない翻訳本のうちのひとつ、『この国はきみの国 アメリカの吟遊詩人 ウディ・ガスリー』(ヤネル・イエイツが「アンサング・アメリカン」という青少年向けシリーズの一冊として書いた『Woody Guthrie: American Balladeer』を矢澤寛さんが翻訳したもの)によると、ウディがBPAからこの仕事を依頼された時のことが次のように書かれている。当時ウディはニューヨークを離れ、カリフォルニアで暮らしていて、その生活はかなり厳しいものだった。
「そのとき彼はオレゴン州ポートランド近くのコロンビア川に作る巨大な新しいダムの記録映画の音楽をやってみないかという話をきき、彼と家族は北へ向かって旅に出た。彼はニューヨークでの金を使い果たして、まったくまいっていたから、その映画が望みの綱に思えた。彼がボナヴィル電力局(BPA)の本部につくころ、その映画計画の行く末はすでに疑わしくなっていた。映画の代わりに、ウディは当時その州の農耕地帯に電力供給するために建設中だったグランド・クーリー・ダムについての歌を作る仕事を提供された。BPAはウディの歌がダムの宣伝に役立って、その計画を支持する人々が集まってくることを期待した」
かなり長くなってしまうが、もう少し『この国はきみの国 アメリカの吟遊詩人 ウディ・ガスリー』からの引用を続けさせてもらおう。
「ウディは夢中になった。太平洋西海岸には今だにたくさんの移民労働者たちが取り残されていた。大不況の間に北部大平原を逃げ出した人たちである。急成長しつつある軍需産業に仕事をみつけたカリフォルニアの隣人たちとちがって、多くのこれら移民たちは今だに雇用の機会に恵まれず、捨て去られた農場の家、雨漏りする掘立小屋、空家になった木こりのキャンプ、果物を貯蔵するために作られた仮設のシェルターの中でさえ、生活せざるを得なかった。政府の財政で作られる新しいダムは、この人たちの暮らしの恐ろしい貧しさを終わらせることに役立つだろう。ウディが考えた限り、それは確かに政府が援助すべき計画事業だった。なぜなら大企業でなく、民衆の役に立つものだったから。ウディは即座にその仕事を引き受けた」

『ROLL ON COLUMBIA: WOODY GUTHRIE’S 26 NORTHWEST SONGS』には、44ページにも及ぶ豪華なブックレットがついている。プロデューサーでレコーディングにも歌と演奏で参加しているジョー・シーモンズの序論やキュレイターのジェフ・プレイスのキュレイター覚え書きのほか、収められた26曲についても詳しく解説されている(このプロジェクトに関するもっと詳しい事情は、グレッグ・ヴァンディとダニエル・パーソンが『26 Songs in 30 Days: Woody Guthrie’s Columbia River Songs and the Planned Promised Land in the Pacific Northwest』という208ページの本に著している)。
ジョー・シーモンズの序論によると、ウディは本人曰くところの「1メートル20センチもの厚さに及ぶ契約書」にサインした後、一時的に政府に雇われる身となり、30日間で26曲を作ったということだ。
ダムのことを直接歌った歌もあれば、太平洋北西部の自然や雄大な川の流れを歌った歌、人々の労働や暮らしぶり、厳しい生活や放浪など、ひとつの狭いジャンルにとどまることのない、変化に富むさまざまな歌が生まれた。その報酬としてウディは政府から267ドルを与えられた。ちょうど1曲あたり10ドルということだ。ウディの代表曲として広く知られ、たくさんの人たちに歌われている「Pastures of Plenty」や「Hard Travellin’」、「Jackhammer Blues」や「Roll On Columbia, Roll On」、「A Ramblin’ Round」は、この時に書かれた歌だ。

書き上げられた26曲のうち、BPAのドキュメンタリー映画のサウンドトラックのために歌ったり、ポートランドにあるBPA本部の地下の小部屋で直接アセテート盤に吹き込んだりして、ウディ本人の歌が録音されたのは17曲だけだった(そのウディが歌う17曲は1990年にラウンダー・レコードからリリースされたCD『Columbia River Collection』で現在聞くことができる)。残りの9曲の歌詞や音源などは時の流れと共に散逸してしまっていたが、プロジェクトから46年が過ぎた1987年、BPAの職員で、ミュージシャンで民俗学者でもあるビル・マーリンの尽力によって、発見されて集められ(彼もジョー・シーモンズと共にこのアルバムをプロデュースし、レコーディングにも参加している)、BPAのプロジェクトから75年の歳月が過ぎて、26曲すべてがレコーディングされて世に出ることになった。

『ROLL ON COLUMBIA: WOODY GUTHRIE’S 26 NORTHWEST SONGS』で、75年前にウディ・ガスリーが書いた曲を取り上げて歌っているのは、アメリカ北西部の太平洋の近くで暮らしている人たちばかりだ(もちろん全員がこの地域の出身ではなく、アメリカの別の場所で生まれて、ここに移り住んで来た人たちもいる)。
マイケル・ハーレイ、R.E.M.のピーター・バック、ヤング・フレッシュ・フェローズのスコット・マッコーイ、マンドリン・プレイヤーのデヴィッド・グリスマンなど、日本でもよく知られているミュージシャンも参加しているが、興味深いのはこのアルバムで初めて知った太平洋北西部のミュージシャンたち。その歌や演奏を聞いて強く心を惹かれた人たちもいて、今回の出会いをきっかけにしてそれぞれの世界に深く分け入って行きたいと思っている。

75年前、ウディ・ガスリーがアメリカ政府に協力して、太平洋北西部のダム建設に関する歌を作った時、ダム建設の一大プロジェクトは未来を見据えた夢と希望と約束に満ちたものだったに違いない。今一度『この国はきみの国 アメリカの吟遊詩人 ウディ・ガスリー』に書かれている文章を引用させてもらおう。
「彼は川を上り下りして、流れ去る水を見つめ、労働者と語りあい、空想にふけり、ノートに手書きの原稿を書いたりしながら時間をついやした。彼の生命がそんなにも躍動して、たくさんの歌を書いたことは、近ごろなかった。だが今や音楽が、彼がそれについて書いている川のように、絶えざる流れに向かってどっとほとばしりはじめた」
どんどん時が流れて行くうち、希望のダム建設の結果がやがては川や土地を荒廃させたり、古くから伝えられてきた文化を破壊したり、さまざまな新たな問題を引き起こすことになるとウディが予見していたのかどうかはわからない。もちろん彼は公害や汚染、自然破壊には猛反対だったはずだ。
ウディが75年前に書いた歌詞や、その考え方の中には、今の時代や認識にそぐわないものもあるかもしれない。今回参加しているミュージシャンたちは、時代に合わせてウディの歌の歌詞を書き換えたり、アップデートしたりすることなく、当時彼が書いた歌詞を尊重して歌っている。そして自分たちの歌や演奏、解釈やアレンジを通じて、それらの古い歌に新たな息吹を吹き込んだり、別の意味を注ぎ込んだりしている。
だからこそと言うべきか、『ROLL ON COLUMBIA: WOODY GUTHRIE’S 26 NORTHWEST SONGS』に収められている28曲は(「Pastures of Plenty」と「Jackhmmer Blues」の2曲がそれぞれ二組のミュージシャンの異なる演奏で収められている)、75年前に書かれた歌だというのに、どの曲も古臭さをまったく感じさせず、瑞々しい輝きを放っている。
プロデューサーのジョー・シーモンズはブックレットの序論の最後をこう締めくくっている。
「これまで、こうした歌のあまりにも多くが、アーカイブや図書館、歌集の中だけで生き続けてきた。歌は歌われるために作られるものだ。一緒に歌ってもらえるチャンスが生まれることをわたしたちは願っている」
ウディ・ガスリーの歌の永遠の新しさ、その普遍性を強く感じさせてくれるこの二枚組のアルバム、ぜひ2017年の「今の歌」として耳を傾けてほしい。そして一緒に歌ってほしいと思う。

中川五郎(なかがわ・ごろう)
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html

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